第一章 目覚めたお嬢様と八流魔法使い

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 それは、ユラシェが心臓発作で倒れる一ヶ月前のこと。つまり、今から一年一ヶ月前の話。  リオンハールは王城にいたユラシェを見かけ、彼女が探していたブローチを魔法で見つけてあげた。それから出口に案内しようとして、迷子になってしまった。  憧れのユラシェと会えたことに舞いあがってしまい、通路を曲がりそこねてしまったのだ。  職場で迷子になるなんて……と、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしたリオンハールに、ユラシェは軽やかな笑い声を立てた。 「迷子になって良かったわ。だって、あなたを知ることができたのですもの」  天使の外見にふさわしい、心優しいユラシェ。リオンハールの恋心は加速したけれど、同時に自分が情けなくなった。  魔法使い見習いとして入った同期の仲間たちは、順調に出世している。なのにリオンハールは見習いにとどまったまま、雑用をこなす日々。出世をすれば寮の部屋を移動して、広くて綺麗な部屋に住むことができる。けれどリオンハールはずっと、狭くて古い部屋で暮らしている。  寝返りを打つと、ベッドのスプリングがギシッと嫌な音を立てた。 「分かっている。王城の魔法使いに採用されたのは、ヨルン様が同情してくれたからで、実力じゃないって」  面接官であったヨルン王太子の言葉が忘れられない。 「どの家に生まれたかで、一生が決まるといっても過言ではない。裕福な家に生まれた者は高等教育を受け、出世街道を走ることができる。だが貧しい家に生まれたものは識字率が低く、望む職に就くことがままならない。両親がいなくても、環境を用意すれば才能が開花するということを示してほしい。リオンハール、期待しているよ」  リオンハールは胸を打たれ、号泣した。そして、採用してくれたヨルン王太子とアジュナール王国のさらなる発展のために身を捧げる覚悟で頑張ってきた。  王城お抱えの魔法使いは確立した地位と高給取りということで、非常にモテる。おもしろおかしく遊んでいる同僚がたくさんいる。  けれどリオンハールは脇目も振らずに、仕事に人生を捧げている。不平不満を言うことなく仕事に打ち込むリオンハールに、周囲は感謝をするどころか、めんどくさい仕事を押しつける一方。  夜遅くまで働き、体力と魔法力をすり減らして、ふらふらになって帰ってくる日々。寄り道をする気力もなく、王城と寮を行き来するだけ。女性に目を向ける余裕はなく、話す女性は朝寄るパン屋と、果物を買う八百屋のおかみさんのみ。 「ボクの人生、これでいいのかなって情けなく思っていたけれど……。うん。これで良かったんだ。だって、憧れのユラシェお嬢様とデートできるんだもん。最高の幸せだよ。生きていて良かった!」  嬉しいはずなのに、シミで汚れている天井が涙でかすむ。  胸にチクリと走る痛みは知っている。  美しくて清らかな大富豪のお嬢様と、孤児院育ちの八流魔法使いが結ばれることなどあり得ない。  この恋は、決して叶うことがない。  その日の夜。リオンハールは夢を見た。  岩山に身を隠して、広大な荒野の中にポツンと立っている砦を見ている。砦は立方体をしていて、その左右には何百キロにも渡る防御壁が続いている。防御壁によって、世界は二つに分けられている。  岩に置いた自分の手。指が四本しかなく、しかも真っ黒。明らかに人間の手ではない。  砦を出入りする人間たちを見て、それはつぶやく。 「人間と友達になりたいな」  朝起きて、リオンハールは首を傾げる。 「またいつもの夢を見た。どうして同じ夢を見るんだろう? 北の砦を遠くから見ているのって、誰?」  魔法使いの仕事の一つとして、北の砦には何度も行っている。けれど砦から離れた場所にある岩山には、一度も足を踏み入れたことはない。  なぜならそこは、魔物の領域だから。人間と魔物は敵対関係にある──。  
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