第二章 婚約者の様子が変です

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 ユラシェは失礼に当たらないよう気をつけながら、彼を観察した。  彼は目の下にクマができており、疲れた顔をしている。けれどその疲労が、黒髪と紫紺色の瞳のミステリアス度を高めていた。伸ばした黒髪を一つに結んで胸の前に垂らしている。綺麗な顔立ちは冴え冴えとした月のようだった。 「あの、なにか探し物でも……?」  「あっ、そうなの! ごめんなさい。実は……」  彼に再度質問され、ユラシェは慌ててブローチを落としてしまったことを話した。  すると彼は腰に下げていた魔法の杖を手に持ち、一振りした。杖の先から水色の光が放たれ、その光は廊下の角を曲がった。 「落としたブローチは、あっちにあります」  怖いくらいに無表情な、黒髪の魔法使い。  振り返ることなく歩き出した彼の後を、ユラシェはついていく。すると廊下に飾られた彫刻の下へと、水色の光は流れていた。見ると、薔薇のブローチが落ちている。 「私のブローチだわ!」 「よかった。探し物の魔法です」 「ありがとう」  ユラシェはお礼を言いながらも、うまく笑えなかった。 (変わった色をしているけれど……。神秘的な雰囲気で、素敵だわ。女性にモテそう。ソトニオお兄様は、王城の魔法使いはプライドが高くて、女性関係が派手だと言っていた。そういう人って、苦手)  ツンと澄ました顔と、素っ気ない口調の黒髪の魔法使い。よそよそしい態度の彼を、ユラシェは気難しい人なんだろうと判断した。  本当のところ。リオンハールは憧れのユラシェお嬢様に思いもがけず出会えたことに動揺してしまって、だが醜態を見せるわけにはいかないと、表情筋を殺してクールに振る舞っていただけなのだけれど。  その後リオンハールはユラシェを出口に案内しようとして廊下を曲がりそこね、図書室へと来てしまった。 「あ……、すみません。間違えてしまいました」  リオンハールは穴があったら入りたいほどに恥ずかしくなって、モジモジと頬を掻いた。  真っ赤な顔で謝るリオンハールを、ユラシェは意外に思った。  天は多彩な才能を人々に与えている。人々はどの才能も素晴らしいものだと頭ではわかっているけれど、どうしても優劣をつけてしまう。   多彩な才能の中でも、魔法の才能は格別。魔法の能力を高めていけば、錬金術だって治療だって料理だって若返ることだって、なんでもできてしまう。魔法は万能な力を秘めている。  人々は魔法使いを羨望の眼差しで見る。それゆえに魔法使いは傲慢な者が非常に多い。特に王城仕えの魔法使いともなれば、地位も給与も高い。魔法の能力は素晴らしいが、人格的には尊敬できない者がゴロゴロといる。 (王城の魔法使いって、プライドが高い人ばかりだと思い込んでいた。でも、この人はそうじゃないみたい)  ユラシェは自分を恥じた。 「迷子になって良かったわ。だって、あなたを知ることができたのですもの」  ユラシェは警戒心を解き、素直な笑みを浮かべた。  彼女の愛らしい笑顔に、リオンハールは舞い上がってしまう。 「あ、あのっ! 落としたブローチ、薔薇ですよね。お花が好きなのですか?」 「はい」 「ボク、すごい花園を知っているんです! 来てください!」 「でも……」 「十五分だけ!」  リオンハールはユラシェの手首を掴んで、図書室の中へと引っ張った。  ユラシェの心臓が激しく脈を刻む。掴まれた右手首が熱い。家族とヨルン以外の男性に、初めて触られた。けれど全然、嫌じゃない。
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