第二章 婚約者の様子が変です

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 ユラシェが玄関ホールに姿を現すと、婚約者であるヨルン王太子が背筋を正した。  だがそれは、ヨルンに変身しているリオンハール。  偽者ヨルンに、ユラシェが微笑を投げる。美しい天使の微笑みに、リオンハールは用意していたセリフが消え失せて頭が真っ白になってしまった。 「あ、あ、ああ、ああ、今日は天気が良くて、デート日和ですね!」 「え?」  ユラシェは玄関ホールにある窓から、雨に濡れている屋外を眺める。 「すごくすごく、素敵なドレスです!」 「ありがとうございます」 「ドレスが素敵です!」 「ありがとうございます」 「ドレスがとても素敵です!」 「ありがとうございます……?」  ヨルンは何度、ドレスが素敵だと言えば気が済むのだろう。ユラシェは少し、幻滅してしまう。 (心臓発作を起こして、一年も眠っていたのよ。ドレスを気にかけるのではなく、体を気遣ってくれてもいいのに……。ヨルン様は私のこと、心配じゃなかったのかしら?)  ユラシェが生まれてすぐに、国王からメディリアス家に婚約の打診があったと聞く。父親は泣きながらも、王命だからと渋々婚約を受け入れたという。  ヨルンはユラシェより十歳上。年齢が離れているせいで、婚約者というよりは、細かいことにもよく気がつく頼りがいのある兄のよう。実際、次男カリオスとヨルンは同じ二十五歳。  ユラシェとヨルンは年齢差があるせいか、今まで一度も喧嘩をすることなく仲良く過ごしてきた。ヨルンは爽やかな外見と社交的な性格をしており、一緒に過ごす時間は楽しかった。  その気遣い上手のヨルンから、ドレスが素敵だという言葉しか出てこないのは寂しい。  カリオスに促されて、リオンハールとユラシェは外に出る。ユラシェが雨に濡れないよう、使用人が傘を差す。  本物ヨルンは通常、ユラシェの手をとって馬車の中へとエスコートする。だからユラシェは、エスコートを待っていた。  しかし女性慣れしていない、恋愛無知のリオンハールは、馬車の扉の前で「どうぞ」と緊張した面持ちで声をかけるのみ。  ユラシェは意味が飲み込めなくて、一年前の記憶より大人びた顔になっているヨルンを見つめる。 「あ、あの、どうしましたか? 雨に濡れてしまいますので、お先に乗ってください」 「あの、手を……」  ──馬車のステップに足を乗せやすいよう、手を差し出してはくれないのですか?  そう言いたい。けれど女性の方からエスコートをねだるなんて、ひどくはしたないこと。  ユラシェは口を噤んだ。  
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