第一章 目覚めたお嬢様と八流魔法使い

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 リオンハールは王城魔法使い専用の寮に帰ってくると、古いベッドに体を横たえた。緊張が長く続いたせいで、疲労困憊だ。 「夢みたい。まさか、ユラシェお嬢様とデートできるなんて……」  ヨルン王太子はリオンハールのことを「身元がしっかりしている」と話してくれた。けれどそれは嘘。リオンハールを庇ってくれたのだ。  リオンハールは両親を知らない。気がついたときには、町を彷徨っていた。行くあてのないリオンハールは孤児院に収容された。  孤児院ではいじめられた。物を隠され、髪をひっぱられ、気持ち悪いと罵られた。  リオンハールの髪は、黒という変わった毛色をしている。さらには、瞳は紫紺色。これまた大変に珍しい虹彩色である。  アジュナール国民は、金やオレンジやピンクや茶色などの明るい髪色と、青や緑といった瞳の色をしている。リオンハールの黒髪と深紫色の瞳は大変に珍しい。  多くの人々は違いに敏感なもの。リオンハールは孤児院でも王城でも、人々の奇異の目に晒され、除け者にされてきた。 「ぼっちのボクがユラシェお嬢様とデートをするのは気が引けるけれど……。ヨルン様の姿になれるのなら、堂々と会いに行ける気がする」  劣等感の強いリオンハールの心に、ウキウキとした芽がぴょこんと出る。  その芽の種は、二年前に蒔かれたもの。  リオンハールは王城の魔法使い見習いとして、十六歳で採用された。  働いて半年が過ぎた頃。舞踏会に泥棒が忍び込んだという情報が入り、警備にあたった。そこで初めてユラシェを見た。そのときの感動は今でも忘れられない。 「天使が舞踏会会場に紛れ込んだのだと、本気で思った。可愛くて、笑顔が宝石のように輝いていて、ダンスが上手で……。でも、体が弱いというのは本当なんだろうな。時折、そっと疲れた表情を見せた。だけど、声をかけられると花が咲いたような笑顔になって、疲れていることを周囲に悟られないようにしていた」  健気で愛らしいユラシェに、リオンハールはすぐに恋に落ちた。  けれどユラシェを慕うのは、リオンハールだけではない。天使のように愛らしくて、心の綺麗なユラシェに誰もが魅了される。  ユラシェとヨルン王太子が出掛ける際の警備係を誰もがやりたがったし、政治家である祖父に会うためにユラシェが登城すると、皆仕事を放りだしてユラシェを見に行った。  筆頭魔法使いマクベスタなんて、権力を行使して毎回警備係に就いていたほど、ユラシェにぞっこんだ。  下っ端で雑用係のリオンハールは、ユラシェを遠くから見つめることさえできなかった。彼女への恋心を胸深くにしまったまま、仕事に追われる日々。 「給料三百年分の小切手を断ってしまった。もらうべきだったかな? でも、分不相応のお金をもらうことなんてできなかった。ボクって生きるのが下手すぎる。こんなんだから、要領が悪いって怒鳴られるんだ。でも、地味な下働きをする人だって必要じゃないか。ボクは、地味で目立たないめんどくさい仕事でも一生懸命に頑張ってきた。だからきっと、神様がご褒美をくれたんだ。幻滅させるためのデートだけれど、ユラシェお嬢様に会えるのが嬉しい。ボクと話したこと、覚えているかな? ……覚えているわけないか」        
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