ちかづくな。

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 それが、洞窟に入って全然聞こえなくなってしまった。しん、と全ての音を食らってしまったかのような暗闇がどこまでも続いているのである。  今ならまだ、入り口の明かりが少し遠いながらも見えている。しかしこのまま進めば、全ての光と音が飲み込まれてしまうのは明らかだった。本能的に恐怖を感じるのは当然のことだろう。 「ねえ、やめようぜ、なぁ!」  俺の言葉をスルーして、ずんずん進んで行こうとするチハルちゃん。俺は本気で嫌がって、彼女の手を強く引っ張った。暗闇にはもう、自分たちの声や足音しか聞こえない。ええ?と言いながら彼女は振り返ったのかもしれないが、一寸先の彼女の顔さえライトで照らしていなければ見えないほどだった。 「ほんとにあんたはビビりだねー。笑っちゃうよ……って、アレ?」  彼女の言葉が不自然に止まった。チハルちゃんは前を見て、何かを手探りしている。 「壁のとこになんかあるっぽい?なんだこれ?」 「チハルちゃん?」 「ぬめっとしてて……え、これ、目玉!?ひょっとし、て」  次の瞬間。 「ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」  静けさの中、引き裂くようなチハルちゃんの悲鳴が上がった。ずる、とチハルちゃんの手が俺の手を離れる。  何が起きたんだ、と声をかけようとした次の瞬間。  俺は見てしまった。  暗闇に浮かび上がった、真っ赤な二つの眼球を。 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」  俺はビビリだった。本当に駄目なヘタレ野郎だった。チハルちゃんを助けなきゃとか、そんなことまったく考えられなかったのだ。目玉に見つめられた途端背中の産毛がぶわっと逆立ち、とにかく逃げることしか考えられなかったから。  むしろ、考えるより先に足が動いていた。俺は、脇目も振らずその場から逃げ出したのだ。  暗闇と静寂に飲み込まれた、チハルちゃんを置き去りにして。
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