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大学生になった今ならば、おじいちゃんが何をそんなに気にしていたのかよくわかる。神社が危ない神様をお祀りしているからだとか、そういうオカルト的な理由ではない。物理的に危険がいっぱいだったからだ。
本堂や社務所なんかはある程度整備されていたのだが、小さな神社の割にやや広かった境内は明らかに掃除なんかが追いついていない箇所が多かったのである。だから、雑草の中にタバコの箱やら空き缶やらが落ちているなんてことはザラにあったのだ。あの神社の境内は夜になると、ちょっとヤンキーな人たちが溜まり場にしていたというのもあったらしい。罰当たりといえば罰当たりなのだが。
でもって、石畳に穴が空いていたりしても、修繕されるペースが非常に遅かった。ちょっと前には側溝の蓋が外れてて、一年生の女の子の足が嵌ってしまって怪我をしたなんてこともあったのである。そりゃ、大人たちからすればそんな危険なところで遊んでほしくはないだろう。
加えてクラヤミ洞窟である。この洞窟がまた、角度のせいなのか石の材質のせいなのかやたら真っ暗なのだ。
この神社、小さな山の麓にあって、本堂が丁度山を背に向ける形で建っていたのだが。この、本堂の真後ろの山に小さく口を開けているのがクラヤミ洞窟なのだった。
本当にちっぽけな洞窟である。大人はしゃがまないと入ることが出来ないだろうし、子供でも数人入ったらいっぱいになってしまうだろう。
入り口から緩やかに下っており、どれくらいの深さなのかまったくわからない。
本堂の影になっている位置ということもあり、光が全然入ってこないのも特徴。覗き込むと、ぽっかりと黒一色の空間が口を空けているのである。だから、クラヤミ洞窟。なんとも安易なネーミングだ。
「クラヤミ洞窟ってなんであるんだろうなー。奥に宝物でも眠ってたりしねーかなー。なんで入っちゃいけないのかな」
あれは確か、小学校四年生とかそれくらいの頃だ。
いつものようにチハルちゃんと公園に向かって歩く道中、そんな会話をしたのである。途中にある大きな交差点で信号待ちをしていた。横に並んだ信号機がなんだかおばけのようだと童心に思っていたものである。特に、一番左の赤信号なんか怪物の目玉のようではないか。ギョロッとしていて恐ろしい。
クラヤミ洞窟にも、あんな信号機みたいな怪物が潜んでいたりしないだろうか。だったらちょっと面白いのだが。
「真っ暗だから危ないと思ってんだよ。大人ってビビリだよね!」
俺の言葉に、チハルちゃんがぷくーっと頬を膨らませて言う。
「今はあたしたちだってケータイ持ってるし、それで照らして歩けるし!昔の子供みたいに馬鹿じゃないもん、そんな簡単に滑って転んだりしないのにさ!」
「チハルちゃん、この間ジャングルジムから落ちたじゃん……」
「か、かすり傷だったからいーんだよ!あたしずっと不満だったの。あそこ探検したら、何か面白いもの見つかるかもしれないのに、大人はくだらないこと言って止めてきてさ。超ムカつくー」
「はは……」
なんとも威勢のいいやつだなと思う。そして、この流れでなんとなく察していた。チハルちゃんが言い出した時点で、基本は確定事項なのである。彼女は“善は急げ”と“有言実行”を地で行くタイプの少女だった。その判断が正しいかどうかは置いておくとして。
「よし、今から探検に行こう!丁度公園と同じ方向だし。勿論、ガクトも付き合ってくれるよね?」
「マジですか」
「マジ!あたしはやると言ったらやる女!」
微妙に言葉の使い方が間違っている気がしないでもない。俺は曖昧に笑って、チハルちゃんに腕を引っ張られるまま神社に向かうことになったのだった。
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