鬼の里

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鬼の里

鬼の頭領・冬芽(とうが)は、先ごろ愛した娘を失った。 死に分かれたのではない。 娘は人間の霊体で、願いを叶え成仏したのだ。 桃子(ももこ)という名の娘は、儚いまでに美しく、しかし最後まで冬芽に心は開かなかった。 どうしたものかと悩んだ冬芽は、知己の陰陽師を頼った。 結果、陰陽師は桃子の願いを叶え、この世から送りだした。 冬芽は陰陽師に依頼するとき、桃子の願いを叶えてほしいと頼んだ。 自分のもとにいるようにしてほしい、とは言わずに。 本心では桃子には伴侶として傍にいてほしかった。 だが、自分は鬼の頭領。 もしも自分がしくじったことをすれば、ほかの鬼一族や、妖異から襲撃を受け身内に危害があるだろう。 それだけは絶対に起こってはいけない。 もしものときは、皆の性格からして、皆が盾となって自分を護ろうとするだろう。 そんなこと、冬芽は己にゆるせない。 盾になるべきは頭領である自分で、護られるべきは一族のもの、というのが冬芽の基本的な考えだった。 頭領と配下の関係が気さくで良好なため、お互いそういった考えになったのだろう。 桃子を鬼の里から送り出した冬芽は、しばらく一人で過ごした。妖異といえど心を持っている。 いっときでも愛した存在を失った喪失感は確かにあった。 三日ほどして、いい加減閉じこもっていても仕方ない、と般若の面を手に外へ出た。 領地内の見回りでもしようと、側近の鬼をひとり連れて山を歩いた。 今は冬の頃だが、冬芽たちの領地は雪の降らない地方の山で、冬芽は青い着物に白の羽織、側近も紺の着物姿で特別には着こんではいない。 「冬芽様、最近お食事などされていませんでしたが……」 「二日三日食わなかっただけでくたばる俺ではないさ。それに、朝はちゃんと食ってきたぞ」 「味噌汁を一杯」 「う……ちゃ、ちゃんと野菜たっぷりだったわ」 「帰ったら肉と米も食べてくださいね。冬芽様の霊力が揺らげば、結界にも影響があるのですから」 「ああ――ひいては我らの領地が危うくなる。そんなことはせんよ」 ここを――我らが領地を護るのは、冬芽が先代から継いだ一番大事な、頭領としての役目だ。 「――冬芽様」
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