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1 音のない世界を探して
宇宙には音がないのだという。
わたしはなんとしても宇宙へ行きたくなった。義務であるような気さえした。真空。これこそわたしの求めていた世界にちがいない。
旅費は500万ドルですんだ。
* * *
わたしは生まれてこのかたずっと、音に我慢がならなかった。
人びとの話し声、ドアを叩きつける音、車のクラクション。そのどれもがこのうえなく不快だった。音楽は雑音にしか聞こえなかった。それがどれほど高名なクラシックであっても。
小学生のころ、耳に鉛筆を突っ込んで鼓膜を破った。
中学生の時分は24時間、耳栓をしたまま日々の生活を送った。
そうした試みが徒労に終わったあとも、わたしはひたすら音から逃れる方法を模索し続けた。
* * *
努力は惜しまなかった。死にもの狂いで資産を増やし、300万ドルかけてアメリカの実験棟、バイオスフィア2を完全防音にリフォーム、衣食住すべてを堂内で完結させられるよう設計し直した。外部からの補給を受けないまま、2年以上は住み続けられるスペックであった。
スフィア内に閉じこもるまで、わたしは自分のたてる音は気にならないと錯覚していた。そうではなかった。それは他人の音に隠れていただけで、いざ相対してみれば結局のところ、音は音であった。
バイオスフィア2を引き払ったわたしは、真空を目指すことにした。
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