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歩美は笑顔を見せ、いつもより余分に装着していた4キロのウェイトを雅史のウェイトベルトにそっと突っ込む。他の2人もそれぞれ持ってきていた4キロのウェイトを歩美が外してまわり、予備のウェイトベルトにつめ、雅史の腰に巻いた。
少し体が重く感じて雅史は不思議そうな顔をしたが、サプライズに必要な事だろうと考え直し、そのまま目をつむり続ける。
歩美と渚、光彦はお互いの顔を見て、目で合図を送り合った。
雅史のボンベを押さえているベルトを光彦が緩めると、ボンベは浮力調整装置であるBCDから外れ、ゆっくり倒れた。ボンベと繋がっている雅史の口元のレギュレーターの管を光彦が引っ張る。
雅史のレギュレーターがポロリと外れ、何が起こったのか全くわからない雅史は、慌ててレギュレーターを拾おうとした。ダイバーにとって空気を吸う為のレギュレーターは命だ。
焦っている雅史のダイビングマスクを渚が取り上げる。
視界を奪われ、空気の供給がない雅史は苦悶の表情で手足をバタつかせるが、光彦に押さえられ、浮上することもできない。
(肺を水で満たさないとね……浮力がついちゃうわ)
雅史が意識を失うのに時間は掛からなかった。
雅史のBCDを脱がせ、再びボンベを装着し、海の断崖へ捨てる。
ぐったりしている生気のない雅史をズルズル引っ張り、断崖の端からゆっくり落とす。
3人はゆらりと落ちていく男に冷たい眼差しを向けた。
(適正ウェイトからプラス12キロは、流石に浮いてこれないはず)
歩美は薬指の指輪を外した。
一瞬キラリと光り、歩美の手から離れていった指輪はスローモーションのようにゆっくりと見えぬ海底に落下していく。
(あなたと結婚したのも今日の為。あの日記を読んでから、どれだけこの日を待ち望んでいたか)
呼吸音だけが聞こえる静けさの中、すべてを終わらせた3人は黙祷を捧げる。
光彦は妹を思い。
渚は親友を思い。
歩美は愛する人を思い。
色とりどりの魚達が優雅に泳ぐ海は、何事もなかったように穏やかで静かだった。
歩美は親指を上に立て、浮上の合図をする。
さっきまで4本あった呼吸の泡の筋は、今は3本となり、ゆっくり、ゆっくり、海面に向かう。
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