◆三月の章◆ 花摘会

1/4
72人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ

◆三月の章◆ 花摘会

 大広間の両脇に存在する二つの広間は、妙な静けさに包まれていた。  男子部側校舎の広間には男子部三年の生徒たちが。女子部側校舎の広間には、当然のことながら女子部三年の生徒たちがいる。それぞれ二百名近い人数が集まっているにも関わらず、皆が皆、緊張のために呼吸さえ殺しているような状況だ。  バトラーとマスターのための椅子がそれぞれに用意されており、彼らは広間の左右に分かれて、向かい合うような形で座っていた。  時計の針が午前一〇時を示したところで、校舎内に重々しい鐘の音が鳴る。その鐘の音を合図に、広間の脇に控えていた松宮が中央へと進み出た。 「只今より、花摘会を開始いたします。はじめに、形式上、指名を受けたバトラーの学籍番号順に読み上げさせていただきますことをお許しください。ご芳名を呼ばれた方々は、中央まで出てきていただきますようお願いいたします」  案内はマスターに対してもしているため、松宮の口調はいつもよりも丁寧なものだ。 「この場でバトラーが持つ花を主人となる方にお渡しすることで花摘の契約が結ばれます。契約を結んだ方々は、共に大広間へとご移動ください。正午より、大広間で続けて忠誠の儀を執り行います」  そこまでの形式的な説明を終え、松宮は手に持っていたスクロールを掲げ持ち、そこに記されている名前を読み上げ始めた。  マスターたちはすでに、昨夜のナイトウォークの後、花摘会で指名する生徒の名を記載して提出している。そのほとんどは指名が被らないように調整が済んでいるため、進行は実にスムーズだ。  名前を呼ばれたバトラーは皆一様に喜びを押し隠し、中央へと進んでいくのが印象的であった。いっぽう、学籍番号順で自分の名前が呼ばれず飛ばされた者もおり、彼らは深くため息をついて顔を覆う。  そうして、数名の花摘の契約が済んだころ。 「白石祐介」  松宮に呼ばれ、白石は立ち上がると広間の中央へと進む。白石の顔には、他の生徒たちにあるような緊張も、喜びもない。自分を指名する者の存在がわかりきっているため、ただリラックスしていた。 「アルバート・ブラウン様」  同時に呼ばれたアルバートもまた、いつも通りの読めない表情だ。  彼らは広間の両側から進み出て、中央で顔を合わせる。 「アルバート様、どうぞこちらをお受け取りください」  無言のアルバートに対し、白石は自身の胸ポケットにさしていた白薔薇を手に取ると、胸に片手を当てながら頭を下げ、恭しく薔薇をアルバートへと差し出す。  アルバートは何も言わず、その薔薇を受け取った。周囲からは儀礼的な拍手が送られる。白石が頭をあげて姿勢を正すと、自身を真っ直ぐに見つめ続けていたアルバートと視線が合う。 「さ、大広間へと向かいましょう」  白石がそう促した瞬間。アルバートは両腕を広げ、白石をぎゅうっと強く抱きしめた。 「はぁっ? アルバート様?」 「ようやく手に入れた」  突然の主の行動に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう白石に対し、アルバートは真剣そのものだ。ようやく念願が叶ったというアルバートの様子に、周囲からは笑いと、同時に先ほどよりもよっぽど大きな拍手が沸く。 「良かったなー、アルバート!」 「末長くお幸せに!」  アルバートのことをよく知るクラスメイトたちからはそんな祝福の声までも飛び、まるで結婚式のようである。 「わかった、わかりましたから、ほら、早く行きますよ」  幸せを噛み締めるアルバートに対し、白石は珍しく顔を赤くしていた。ようやくアルバートの腕の拘束から逃れると、半ば主人を引きずるようにして大広間へと移動していく。彼らが去っていった広間は、先ほどより幾分空気の解れたものになっていた。  生徒たちのちょっとした騒動にもいっさいの動揺をしなかった松宮により、また続けて名前が呼ばれていく。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!