◆三月の章◆ 花摘会

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 広間を出た明彦は、校舎内を歩き回った。  そうしてようやく目当ての姿を見つけたのは、広間からは最も遠い校舎の隅の廊下。壁際にはカウチが置かれ、突き当たりに設けられたステンドグラスのはまる窓からは、穏やかな光が差し込んでいる。  足音に気づいて顔を上げた水島は、その瞳に一瞬だけ希望の輝きを宿していた。しかし、明彦の姿を確認するとまた顔を伏せた。その希望を向けられていたのは、当然宗一郎で。その希望は明彦がやってくることで再び潰えたのだ。  彼はカウチの上に靴を履いたままの両足を上げ、体育座りをして足の間の顔を埋めるような体勢をとっていた。  鷹鷲高校ではそうそう見かけることがない、行儀の悪い行いである。 「こんなところにいたんだ。探したよ」 「何しに来たの。慰めとかいいから、消えてくれない?」  顔を埋めたまま発された刺々しい声は、涙に滲んでいる。  明彦は言葉に応えることなく隣に腰掛けた。カウチの座面が沈んだことでそのことを察知した水島は、いっそう体を縮こませる。 「明彦だって、どうせ宗一郎が僕のこと選ばないって、知ってたくせに……本当に、もう、なんにも信じられないっ」 「俺も昨日聞いたんだ。驚いたよ」 「だから何。ここに来たってことは、どうせあんたも東條にフラれたくせに。フラれた者同士慰め合おうってこと? あいにく、あんたと僕じゃ立場が違うの。別の執事を指名して家に帰ればいいあんたと違って。僕は……」  そこまで言い連ねて、水島の声が涙に詰まる。大きくしゃくりあげ、嗚咽が漏れた。 「僕は、僕の家族は……これからどう生活していけばいいのかも、わからない」  それから、子供のような水島の泣き声が廊下に響く。  感情をむき出しにする水島にどう声をかけていいのかわからず、明彦はしばし戸惑った後、水島の肩に腕を回した。  だが、すぐさま水島に腕を振り払われる。顔を上げ、露わになった水島の顔は、涙に濡れている。 「いいからどっか行ってよ!」 「聞いてくれ、水島。俺は、水島を雇いたいと思って探しに来たんだよ」  明彦の言葉に水島は一瞬動きを止め、それから眉を寄せた。水島の顔に怒りの表情が浮かぶが、代わりに涙が引いた。 「東條にフラれたから、仕方なくじゃあお情けで僕を召し抱えてやろうかって? 明彦は他に……塔矢だっけ? 選定をしていた子がいるでしょ。馬鹿にするのもいい加減にして」 「違う!」  水島の声を遮るように、明彦が珍しく声を荒らげる。普段温厚な明彦の上げた声の大きさに、水島は不意を突かれたように口を噤んだ。
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