◆四月の章◆ 入学式

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「明彦様」  不意に名前を呼ばれた。同時に、春の陽に眩く輝く金のトレイを差し出される。明彦はハッとして、己の斜め後ろに控えていた者の顔を見返す。 「ごめん、桜があまりにも綺麗で。なんだかしみじみしちゃった」 「今日のようなおめでたい日が気持ちの良い晴天に恵まれ、何よりでございますね」  神経質そうな顔立ちに、柔和な微笑みを浮かべて言葉を返す彼は、東條操(とうじょうみさお)。繊細なガラス細工のようなストレートの黒髪が、白い頬にかかっている。  東條が持つトレイの上には、たくさんのコサージュがきっちりと向きを揃えて並べられている。明彦はそこからまた一つを手に取り、次にやってきた新入生の胸元を飾ってやった。明彦の今日の役目は新入生たちを迎え入れることである。  新入生が近づいてくると、東條は存在を消し込むように斜め後ろに引いて控える。だが彼は明彦の手が空くたびにすかさず、しかし押し付けがましくならないよう、さりげなくトレイを差し出すのだ。  それからしばらくは、門をくぐる新入生の列が途切れることはなかった。無駄口をたたくことなく己の任をまっとうしていた明彦だが、次のコサージュを手にしながら、こっそりと東條の様子を伺い見る。  西洋に寄った外見を持つ明彦に対して、東條は完全に和を体現している。  漆黒と形容に足る髪色に、切れ長で一重の瞳。野暮ったく見えないのは、その瞳を縁取る睫毛の長さと、あるべきパーツがあるべき場所に収まっている、面立ちの端正さによるものだ。  彼が着ているのは、不思議とどこにいても目立たない、黒のモーニングコートに近い形状のジャケット。グレーのベストとウィングチップのシャツに黒のタイ。手には白手袋をはめている。色も形も違うが、これも鷹鷲高校の制服だ。  鷹鷲高校には二つの科が存在する。一つは明彦が所属する帝王科。もう一つが、東條が所属する執事科。校内の通例として、帝王科の生徒はマスターと呼ばれ、執事科の生徒はバトラーと呼ばれる。各科は全く違う性質を持ち、カリキュラムと制服も完全に異なる。  それぞれに男子部と女子部が設置されているため、学校内には男子部帝王科、女子部帝王科、男子部執事科、女子部執事科の四つの区分けがあることになる。  校舎の使用範囲自体が分けられている女子部と違い、明彦も男子部バトラーの姿はたびたび校舎内で見かけていた。だがこうして間近にいて同じ作業をし、加えて言葉を交わすのは初めてのことだった。  それだけ、帝王科と執事科は隔絶されていたのだ。  しかし三年に進級を果たした今日から卒業までの一年間は、今までとは違う生活が待っている。
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