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夜明け前。緑の生い茂る湿地帯に、ひとすじの煙が立ちのぼっている。あの親子が小さな焚火にあたっていた。息子は父親より背が高くなっている。
火は今にも消えそうだった。夕辺食べた獣の骨がくべられていた。
「静かだね」
膝をかかえたまま、息子が呟いた。父親が問いかける。
「どうしてか分かる?」
「それは、人間がいないからだ」
息子は答えた。
「世界中を旅してきたけど、父さん以外の人間を見たことがない」
風が吹きぬけて、火が消えた。暗がりに灰が飛び散る。その通りと言うように、父親は深く頷いた。
「私たちは原始人みたいな暮しをしているけど、実は人間の最後の生きのこりなんだよ」
月を見つめて、彼は語りだした。
「人間は、この星で一番おろかな生き物だったと、ご先祖様から伝え聞いているよ。数えきれないほどの生き物を滅ぼして、世界中の土地をだいなしにした。そのせいで天気がおかしくなって、大きな殺し合いが起こって、みんな死んでしまったんだ」
父親は続けた。
「生きのこった人々が、壊れた自然をもとに戻そうとした。気が遠くなるほど長い時間がかかったそうだよ。滅んだ生き物をよみがえらせたり、土や水から毒を取りのぞいたりしてね。すっかり元通りとはいかなかったけれど、人間があらわれる前の景色に、だいぶ近づいた」
東の空が明らんできた。息子に笑いかける。
「人間はじきに絶滅する。私もきみも男だからね。さわがしい人間たちが滅んで、地球はやっと、もとの静けさを取り戻すんだよ」
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