サルビア

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サルビア

 それは暑い夏の日でした。 「お前がいるから、私たちはこうなってしまったんだ」  その年の中でも特に気温が高くて、後にも酷暑として記録された日でもありました。制服のシャツが腕にへばりついて、早く脱ぎたいなと思いながら帰宅したところです。暑い以外は特に変わったところはありませんでしたが、空を見上げた時積乱雲が空を阻んでいたので、夜は雨が降るのでしょう。  父や母は雨が嫌いなようですが、わたしは雨上がりの空気が好きです。洗い流された空気を吸い込む瞬間、空洞な体が綺麗なもので満たされるようで心地いいです。  でも母が気分で買ってきた庭にあるサルビアの鉢は、家の中に入れてやらないと。  人に優しくしろと父は言った。穏やかに、笑顔を絶やさない人間でいろと、だからそのようにした。何度蹴られても、痛くても、父が言うのでそうあろうと思った。言っていることには納得出来たし、他人に対してさほど興味がなかったので言うように接するのが良いのだろうと思った。  私たち以外愛さないでと母は言った。当時、両親以外大事にしたいと思うような人はいなかったので、その通りにした。言うことは支離滅裂だったが、それがこの人の精神を保つならそうしようと思った。愛していたから。どんなに母と子の関係から逸脱しようと、そうあり続けた。  それなのに、今この2人はそんなわたしの行動を責めた。おかしいと、異常だと、まるで獣を見るような目でわたしを見る。その時のわたしの失望を誰が想像できただろうか。真夏であるにも関わらず汗で湿った長袖が、急速に体から体温を奪い取る。  人間は矛盾する生き物だ、思想も、行動も、言葉も。それでも社会を作り、コミュニティを作り、家族を作る。他人の矛盾を許容しながら、それでも愛していく。そんな生き物だと解釈していた。それなのに、わたしが今まで唯一「良いもの」だと思っていた2人は、その自分らの矛盾すら受け入れていなかった。  なんてどうしようもない人たちだ。怒りや悲しさなんて感情も湧かない。音や色が波のように引いていく。体を打ち付けては、唯一あった愛情という砂さえまっさらにさらっていく。  この時初めてわたしは他人に対して失望という感情を味わった。  でも仕方がないので受け入れようと決めた。  長年そうあれと言われ続けたのだ。簡単には認識を変えられなかったし、何より貫くことが意趣返しのように感じたからだ。  ずっと受け入れてきたのだから、多少はわたしのほうでも溢してしまっても良いでしょう?雨にさらされたサルビアは、それでも燃えるような花を咲かせたんです。  音が近づいてくる。不快で耳を塞ぎたくなるようにけたたましい。火事だろうか。  色が戻っていく。赤く。紅く。  気づけば雨は止んでいて、また焦がすように太陽が中天を刺している。  庭のサルビアは大丈夫だったかふと考えるが、すぐにやめた。一夜の雨程度で萎れる花ではないのだ。きっと大丈夫でしょう。
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