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「ほら見て」
美久は携帯を取り出してSNSを開く。右薬指には俺が渡した指輪がつけられていた。
『すぐ振り込むから』
『ありがとう、会える日を楽しみにしてる』
『私も。ロイくん愛してるよ』
『芳佳さんのこと愛してる』
今日送ったメッセージがそこに表示されていた。
「何で……」
彼女は怪しく微笑む。いつも可愛らしいふんわりとした雰囲気はなかった。
「私が芳佳なの」
理解できなかった。芳佳と美久は年齢も職業も全然違っていたはずだ。俺の困惑を彼女は抱きしめる。
「私ね、ずっと一人だったの。SNSなら友達ができるかと思ったんだけど自分をさらけ出すのが怖くてちょっと詐称しちゃった。でもロイくんが私を慰めてくれたの。悲しいときも嬉しいときも私の話を聞いてくれた」
彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。ずっと落ち着く香りだと思っていたが、今はその匂いから逃れたかった。美久の腕が首へとからみつく。
「だから会いたかった。でも会いたいって言ったらお金がいるって言われちゃったの。ロイくんお金がないから、借金があるから会えないって」
そういう作戦だった。あのバイトではそうやってお金を奪うのが仕事だ。
「だからお父さんに相談したの。ロイくんを助けてあげてって。そうしたらすぐケイくんの居場所が分かったんだ」
「すぐ会えたんだもん」
「運命だよね」
美久は俺の耳元でささやいた。
「お父さんって病気の?」
「ううん。病気じゃないの」
「え」
「ロイくん……ケイくんが私のためにしてくれるのが嬉しくてつい嘘ついちゃった」
彼女はテヘというように舌を少しだした。赤い舌に目を奪われる。
「でもおあいこだよね。ケイくんも嘘ついてたんだから」
妖艶に目を細める彼女から目を離せない。
「どうして……嘘だって分かってて」
「お金を振り込んだかってこと?」
彼女は俺に項垂れかける。
「ケイくんが私のお金で生きてるって思うとゾクゾクするの。ケイくんの全てが私で回ってて欲しかった」
「でも私以外にもいたのね」
彼女は薄い封筒を持ち中身を覗いて鼻で笑い、それを中身ごと破った。
「これからはケイくんは私だけのものだから」
そう言って俺を見る目が暗くて鳥肌が立つ。逃げるように腰を少し浮かせると彼女の爪が腕に刺さった。
「逃げたら警察に言うから」
美久に通報されたら証拠は十分だろう。即逮捕されるはずだ。
「逮捕だけじゃないよ。仲間たちも捕まるからケイくん恨まれちゃうかも」
「そんなこと……」
「あるでしょ。あの人たち結構裏切りとか厳しいから」
まるで彼らと知り合いのような口振りだ。そんなはずはないだろうが、確信は持てなかった。ただ俺は芳佳を騙していたつもりがいつの間にか彼女に騙されていたことだけは確かだった。
「ケイくん、もう人を騙したらダメだよ」
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