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『すぐ振り込むから』
『ありがとう、会える日を楽しみにしてる』
『私も。ロイくん愛してるよ』
『芳佳さんのこと愛してる』
「よし。出来ました」
「よくやった、啓斗」
小太りの上司に肩を叩かれる。汗の酸っぱい臭いがした。大学にも行かずふらふらとしていた時に高額バイトの話を高校の先輩から持ちかけられて、今もズルズルと続けている。バイトのやめ時が見つからない。
先輩から紹介されたのはSNSで出会った女性に甘い言葉をかけてお金をもらうという簡単な仕事だった。悩みを聞いてあげて優しくして、怪しまれたら理由をつけて逃げればいいんだと見た目が怖そうな人に最初に教えられた。彼女たちと何度も会おうと約束しているが実際に会うことはない。会わない理由を色々と作ってお金を振り込んでもらう。モテる気分を味わえてお金ももらえる職場だった。
2年ほど続けている中で芳佳は俺にとって一番の顧客だった。俺がバイトを始めてすぐ相手した人で、今もやり取りを続けている。彼女とは『ロイ』という名前で関わっていて、ロイが病気や怪我をするとすぐにお金を振り込んでくれた。他の人は疑ってくる中で彼女は今もロイを信じてくれている。俺がこの職場で気に入られているのは彼女のおかげだ。
「啓斗、今回の報酬だ」
「あざっす」
皺のついた茶色の封筒を受けとる。端は粗雑に折り込まれている。その厚みについ口元が緩んでしまった。会ったこともない芳佳に心の中で感謝をした。封筒を使い古したリュックの奥に入れる。初めて受け取った時はその多さに緊張して、家に帰るまでに盗まれるのではないかと疑心暗鬼になったこともある。が、今では慣れたものだ。
周りではスマホを操作している人たちがいた。煙草を吸っている人もいて少し煙臭いが、比較的綺麗な事務所なのではないだろうか。資料も整理されている。俺のもう一つのアルバイト先よりもよっぽど綺麗だった。
「お疲れ様でした」
俺はリュックを背負い駆け足で事務所の扉を開いて明るい日が照っている外へと出た。気に入られているからこそできる早抜けだ。
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