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「よくご存じですねぇ。すごい…」
夫人が感心したように息を吐いた。
「まぁこれくらいしか取り柄がないもので…」
それに対して緑川は肩をすくめてそう答えた。…いっぱいあるんだけどなぁ。
「ああ、すみません。私伊藤清子と言います。こちらは夫の伊藤和義です。すみません。少し認知症でして……」
改めて夫人が自己紹介をした。ご主人の方は自分の事だというのにまだ明後日の方向を向いて何もしゃべらない。
「この人、少し前から認知症になってきちゃって…昔のことを思い出すようになってるんです。多分二十年ぐらい前のことですね。その時にキンギョソウの話もしたんですけど私が間違えちゃって…今緑川さんがおっしゃったように、どくろだから魔よけになる、女が身に付けるときれいになる、みたいな勘違いをしてたの」
おほほ、と恥ずかしそうに夫人は笑った。
「それでその時、孫娘が、小学生ぐらいだったわね、きれいになるようにって意味をこめてキンギョソウのどくろをプレゼントしたことがあるんですよ。最も『怖い』って言われてあんまり喜んではもらえなかったんですけどね」
今度は懐かしそうに夫人が笑った。
「なるほど。認知症で昔のことを思い出し、当時の孫と同世代の小学生女子に渡していた、ということですかね…」
「おそらく。最近どくろを庭で採ってきては首飾りにしてて…。作った後どうしてるのかと思ったらそんなことしてたなんて…。怖い思いをさせちゃってごめんなさいね」
夫人は蓮乃愛ちゃんと森永君に対してそう謝った。
「あ、別に大丈夫ですよ」
「…俺も大して怖くなかったし」
「しかし、このまま渡し続けると問題になるかもしれませんね…」
緑川があごに手を当ててつぶやいた。確かに昨今、こんな些細な事でも問題になりかねない。
「大丈夫ですよ。寂しいですけど来月から老人ホームに入居することになりましたから」
「そう…ですか……」
そんな答えに緑川もどういえばいいのかわからなかったのか、そのまま黙ってしまった。
「でも…お孫さん、そのどくろ渡したとき、喜んでもらえなかったんですよね?どうしてそれでもご主人はどくろを渡すんでしょうか?」
私の疑問に夫人は少し考え込んで答えた。
「多分寂しいんですよ。孫も立派に成長して…あなたや緑川さんと同じくらいかしらね、うちにも全然来てくれなくなったのよ。あのどくろをプレゼントしたときは怖いと言いながらも部屋にしばらく飾ってたらしいですから…主人は嬉しかったんでしょうね」
「そうなんですね……」
そんな風に寂しげに答えられるといたたまれない。私も緑川と同じように黙ってしまった。
すると森永君が立ち上がってご主人の方へ向かっていった。
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