33人が本棚に入れています
本棚に追加
第9章 キンギョソウ(5)
**************
「う、うーん。もうこんな時間ですか」
緑川が大きく伸びをした後時計を見て言った。伊藤家を後にした私たちは同じ方向に歩いている。
あの後森永君はどくろの首飾りをもらった(なぜか緑川ももらっていた)。夫人によると伊藤さんは元時計職人だそうで、細かい作業が得意だったそうだ。それでどくろの頭蓋骨に小さな穴をあけられたのか、と私は納得した。と、そういえばまだ納得していないことが……。
「そういえば店長、聞きそびれてましたけどどうやって家まで特定したんですか?」
「あぁ。そういえばそれ話してませんでしたね」
私の質問に緑川も思い出したようにそう言った。
「鈴坂さんの話ではどくろじじいは腰が曲がっていて靴はサンダルだったそうですね。ということは遠くに住んでいる可能性は低い。そしてそういえば前ここを通ったとき、キンギョソウがたくさんあったなと思い出したんです。その後、他の人たちがもらったところも聞きましたけど、あの家から離れていなかったし、もしかしたら、と思ったわけです。最も車で来ていたとか、別の人がここからキンギョソウをもらっていたとか、色々可能性はあったんですけどね。
しかしよくよく考えればお二人を連れてくるべきじゃなかったかもしれませんね。変質者の可能性がゼロではなかった以上、お二人を連れていくのは危険でしたね。すみません」
「いえ、そんな…私が相談したことですから……。解決してくれてありがとうございました」
緑川の言葉に蓮乃愛ちゃんがフォローを入れた。なんか今のセリフ、探偵の依頼者みたいだなとなんとなく私は思った。
「ほら、森永君も」
「…………」
蓮乃愛ちゃんが隣の森永君にお礼を言うよう言ったが、彼は口をとがらせてそっぽを向いたままだった。
そんな姿を見てふいに思い出したことがあった。あの時は確か……。
懐かしいものを感じながら私はかがんで目線を森永君にあわせた。
「森永君、そんな風にしてると周りに嫌われちゃうよ?人は一人じゃ生きていけない。森永君だっていきなり馬鹿にされたり、お礼言われなかったらその人のために何かしてあげよう、って気持ちにならないでしょ?森永君はわかってないかもしれないけど周りの人たちも君のためにいっぱい頑張ってるんだよ?その人達に感謝しよ?ね?」
私が優しく言うと森永君は動揺したように目を泳がせた。
「まぁ私に対してはお礼言わなくていいですよ?」
そんな森永君に緑川が声をかけた。
「別にあなたのために頑張ったつもりはないですから。尊敬されるような大人でもないので敬語じゃなくても構いません。
でもね、私があなたより優れたところがあるのは事実です。無理して虚勢を張るより素直に尊敬なり感謝なりした方がいいと思いますけどねぇ、クソガキの森永君?」
そんな風に彼にしては珍しく嘲笑を浮かべて煽った。敬語じゃないのむかついてたのかな?この人にもそんな感情あったんだな、と思った。
一方煽られた森永君は顔を赤くして泣きそうになっていた。どうやら煽りの耐性はないらしい(この歳であるほうがおかしいか…)。
「う、うっせぇよ!馬鹿!どうせ俺なんか悪者だよ!今日の所は感謝しといてやるよ!じゃあな!」
そう言って森永君は横道に向かって走り出した。蓮乃愛ちゃんが「あ、待ってよ!」と言ってその後ろを追いかける。
「じゃあね。お姉ちゃん、緑川さん。ありがとね!」
「うん。またね。それから森永くぅん!」
蓮乃愛ちゃんに挨拶を返して私は走り去る森永君に呼びかけた。
「別に私、君の事悪い子なんて思ってないからねー!いいとこいっぱいあるよ!かわいいとこもね!」
「うっせぇ!」
励ましたのに罵倒で返された。まぁ照れ隠しってわかってるけどさ。いやツンデレと言った方がいいか。私は遠くなっていく二人の小学生に手を振りながらほほえましく思ってしまった。そして……少し悲しくも。
最初のコメントを投稿しよう!