第9章 キンギョソウ(5)

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「あの説得もなんか手馴れてましたし…子供の扱いがうまいんですね。私はどうもそういうのが苦手で…」  緑川は苦笑いしながら頬をかいた。…かわいい。私は少しうつむいてどういえばいいか少し逡巡した。 「…まぁ、あれですよ。弟に似てたんですよ。小さい頃の」 「…………」  私の言葉に彼は無反応だった。顔は少し気まずそうにしている。別にそこまで気を遣う必要はもうない。 「ちょっと突っ張ってる感じだったんですよ。それで私はお姉ちゃんだからしっかりしなきゃって思ってたんですよ。そういう小さい頃のことを思い出しちゃって、つい……」  さっき走っていく二人の小学生の姿を見て、私と良介もあんな小学生だったのかな、と、あの日々はもう過ぎてしまったんだな、と、少し感傷に浸ってしまった。 「…なんかすみません」  緑川が謝ってきた。私はというと場の空気を読めるようになってすごい進歩したな、とそれこそ場違いな感想を抱いてしまった。 「大丈夫ですよ、もう。もう死のうとしません」  私が少し笑って答えると緑川もおずおずと笑った。おっかなびっくりといった感じだ。さっきまでの推理を披露していた顔が嘘のようだ。やっぱりこの人面白い。  あの日。月見の時、緑川に、好きな人に、死なないでくださいとお願いされてしまった。だからもう死なない。今はこの人の隣で生きていきたい。  そう言えば良介は彼女がいたな。『良介』と『好きな人』というワードで思い出した。事故の時にはとっくに別れていたと聞いていたが、本当はどうだったんだろうか。良介の葬式の時に泣いていた女子がいた。もう顔もよく覚えていない。あの子にも謝るべきだったな、と今更ながらにぼんやり思った。 『姉ちゃん、彼氏いねぇの?』  リビングでゴロゴロしていたらデートから帰ってきた良介にそう言われたこともあった。…いかん、思い出したらへこんできた。  よし。決めた。良介は良介であの世でまた彼女でも作ってほしい。私もこの世でイケメンの彼氏(できれば今隣で歩いている人がいい…)を作って自慢してやる。もうあいつを理由に死ぬのはやめだ。  私はキッと空を見上げながらひそかにそんな風に決意するのだった。
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