ねえ、お父さん

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 急だった。でもそうじゃなくても正直誰も呼びたくなかった。  だから葬式はせずに火葬のみで済ませた。  生前のたるんだ肉付きや赤ら顔をすっかりとなくして骨と化した父を、適当に一人で拾いあげた。  お墓は先祖代々のお墓があるから、そこに入ってもらった。  ちなみに、先に亡くなった母はそこにはいない。  母たっての希望で、海に散骨した。  あれから一年。  手に持っていたワンカップの蓋を開ける。  途端に日本酒の強い匂いが鼻を刺激した。  大っ嫌いな匂い。それを墓石に上から流しかけてやった。 「はい。大好きなお酒よ」  透明な液体は墓石に染み込む事なく、くだってゆく。液体が反射する光は、まるで喜んでいるようにも見える。 「美味しいでしょ?だーい好きだったもんね」  脳裏に思い浮かぶのは、生前の父。  ワンカップ片手に、赤ら顔で暴言を吐きまくる姿。  何が気に入らないのかもわからず。  ご飯が気に入らない事もあれば、態度が気に入らないと言われた事もあり。なんなら何もしてないのに 『なんだ、その目は』とくる。  その言葉とともに飛んでくるのは、手に持ったグラスだった。  気に入らなければ、すぐに物を投げつける。  何が理由で飛んでくるか、わかりやしない。  ビール瓶、灰皿、グラス。手に取れるものは全て飛んでくる。  こんな事が続けば、子供が怯えるのは当然というもの。基本は、逆らわない。大人しく。  お願いだからさっさと寝てほしい。  そしたら、私は息が出来るの。  神様、お願い。贅沢なんて言ってない。  ただ、普通の生活がしたいの。  そんな事を願う毎日。
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