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「ねえ、お父さん。私、結婚するの」
長かった。この一年。一周忌が過ぎるのをずっと待っていた。
「彼ね、実家が農家で。結婚式も向こうでするわ。とても優しいご両親でね。行くといつも笑顔で迎えてくれるの」
ちょうど一年前。彼がプロポーズしてくれた。
ちょっと不器用で優しい彼。プロポーズも言葉を噛みながら、一生懸命伝えてくれた。
その直後だったから、喪があけるのを待っていたのだ。
「……もう、帰ってこないわ。ここも処分するって決めたから」
私以外に面倒を見る人はいない。残しておいても仕方がないのだ。そもそも最初から残したくもなかった。
「そうそう。最期のお酒、美味しかったでしょ?あれね、大奮発したのよ。ご機嫌よくお風呂に入って欲しかったからね。お酒に酔って気づかなかったでしょ?……洗面所の暖房が壊れている事に」
必ずヒートショックをおこすとは限らなかった。
だけど、確率は高かったんだ。あの日は、雪も降っていたから。
家事代行サービスの人も、お酒はいつもの事だから、別段気にしていなかった。いつもより度数が高くても。そして、明らかに普段よりいいお酒。ご機嫌にならないわけがない。
何も物言わぬ墓石。父の姿を思い浮かべれば、思わず蹴り付けてやりたくなるけど、グッとこらえる。
どうせ処分されるんだから。そう、自分にいいきかせる。
そうして別れの言葉を告げた。
「ねえ、お父さん……死んでくれて、ありがとう」
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