プロローグ

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プロローグ

 壁の一辺が天井から床までガラス張りのカフェは、差し込んでくる自然光がまぶしい。  コップに刺さったストローでコーヒーをかき混ぜる。氷がぶつかりあう音は、温かすぎるほど暖房が効いた席では心地よく感じる。  佐奈子は、向かいに座る姉を観察する。  耳にかけないと邪魔になる前髪、反するように刈り上げた後ろ髪、大ぶりのピアス、椅子にもたれて腕を組む彼女は完全なキャリアウーマンで、とても小学生と保育園児の子どもがいるようには見えない。 「で、何をそんなに悩んでるのかな」  日曜日の午後、佐奈子は娘の初菜を夫に預け、佐喜絵に相談したいことがある、と呼び出した。ちょうど佐喜絵の夫が子どもを連れて実家に遊びに行っていたらしく、あっさりと指定のカフェに来てくれた。  悩み事を言っても佐喜絵にはバッサリと切られそうだなと思うと、自分から呼び出しておいて、なかなか切り出せない。  一言発したきり、佐奈子が話し出すのを待っている佐喜絵を見る。 「あのさ。お姉ちゃんはママ友っている?」  佐喜絵は胸の前で上を組んだまま、瞬きを繰り返す。 「いや、いない」  あっさりと言いきった後、斜め上に視線を向けた。  何か思いだしているのだろうか。 「あー、ママ友とは違うけど。圭の学校の保護者の中に親しくしてる人はいるかな」  見た目にたがわず、人は人、自分は自分と割り切っている佐喜絵にもママ友はいるらしい。佐奈子はあからさまに肩を落とした。 「ママ友、いるんだ。やっぱりママ友っていたほうがいいんだよね」  つぶやくように吐いた言葉は自分でも聞き取りづらかった。  佐喜絵の体が大きくなる。背もたれに預けていた体を前かがみにし、テーブルに腕を組んだままの両肘を乗せたせいだ。 「はあ、何言ってんの。ママ友じゃないでしょ。ちゃんと私の話聞いてた」  こめかみを引きつらせている。 「私の定義だと、ママ友ってのは子ども同士が仲良いとか、同じクラスだとかっていう縁で、付き合いを始める間柄なんだけど。佐奈も同じと思っていい」  上がる語尾につられて、佐奈子はうなずく。  佐喜絵が人差し指を立てる。生徒か子どもに言い聞かせるような雰囲気だ。 「そういう意味で言うと、私にママ友はいない。親しくしてる人は、確かに圭の学校の保護者だけど、地域の行事に参加したときに話しして、話が弾んで親しくなった人。まあ、学校行事で知り合った人もいるけど。子ども同士が縁じゃないないの。わかる」  まくしたてるように話してくるのを、佐奈子は、ぽかんと口を開けて見つめる。  佐喜絵は、やれやれといった風に額に手をあてた。 「子ども主体で、自分の友だちを作る必要なんてない。自分が気の合う人と仲良くなって、偶然その人の子どもが自分のこと同い年くらいならラッキーって感じでいいのよ」  佐奈子はアイスコーヒーを一口すする。 「でも、声かけられたら、話さないわけにいかないでしょ。そしたら、結局、輪の中に入ることになるし。そこでランチ行こうってなったら断ると、子ども同士の付き合いに影響するかもしれないし」  うじうじとしたくはないけれど、思っていることを口にすると湿っぽい話し方になってしまう。  大きな笑い声が響いて、二人で体を跳ねさせた。声のした方を見ると、50歳前後と思われる女性グループがいた。見るからにおしゃべり好きで、声が大きそうだ。  つられたのか、佐喜絵が笑い出す。 「佐奈ってあっさりしてるのに、人間関係になると定期的にうじうじ悩むよね」  口元を手で隠しながら、微妙に肩を揺らしている。 「私も考えたときあったよ。でもね、子どもって親同士が仲良いとかは関係ないみたいよ。あの子らは、あの子らで気の合う子と勝手に仲良くする。逆もあるしね」  首をかしげる佐奈子に、慈愛の笑みを向けてきた。 「親同士が仲良くて、子ども同士も仲良くしてほしいって思ったとしても、そうはならないこともあるってこと。親と子、別の人間だから、そんなもんなのかもね」  励ますように佐奈子の肩をたたいてきた。  佐奈子は周りの目を気にせず、楽しそうにおしゃべりを続けている女性グループを眺める。  彼女たちに妬みに近いうらやましさを感じた。
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