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 保育園の門から出て、大人の女性の身長よりも少し高い位置にある打掛錠をかける。佐奈子が振り返ると、すでに初菜は公園に向かって走り出していた。  予想通りだけれど、その予想を裏切ってほしかったという思いは拭いきれない。  ため息をつきそうになったものの、それを止め、唇を真一文字に結ぶ。  娘の姿を見失わないように小走りで後を追う。  公園に入ると、たいていどこにいても姿は見える。  案の定、四時迎えのメンバーがいる。遊具で遊ぶ我が子に背中を向けて、おしゃべりに興じるママたちもいる。いつもと違わず、五人だ。  会話を楽しむのは良い。でも、どうして子どもを視野に入れておかないのだろうか。かなりしっかりしてきているとはいえ、まだ小学校に上がっていないのに。なんなら年少の子だっているのに。  こういうところも、ここにいるママたちと関わりあいたくないと思う理由の一つだ。  佐奈子は両手で拳を作り、腰のあたりでそれに力を入れた。 「こんにちは」  叫ばなくても声が届くと思われるところで挨拶を口にした。  話に興じていたママたちが振り返ってくる。 「こんにちは」 「こんにちは」  先週までは、円になって立っている彼女たちの近くに立ち、自然と会話に入れる位置をキープしていた。今日は、初菜が遊ぶ鉄棒に近づいていく。  こうすれば仲間に入ることを拒絶しているわけではなく、子どもに付き合っていると見えるだろうと考えての行動だ。  いつもなら近くに立つはずの佐奈子が離れていくことを不思議に思っているのか、五人のうち三人ほどがチラチラとこちらを見ている。  背中から視線の矢が突き刺さってきているようで居心地が悪い。これは今までと違う行動を取る罪悪感みたいなものから来ている感覚だと、自分に言い聞かせる。  目の前で初菜が逆上がりを始めた。隣では同じクラスの萌が逆上がりをしている。何度も成功させる萌の姿に触発されているのか、何度も何度も挑戦している。  十回近く繰り返したとき、突然、逆上がりができた。 「ママ、できた。見ててくれてた?」  友だちにも褒められて、初菜は嬉しそうに飛び跳ねる。  逆上がりができて満足したのか、萌に連れられて、小山のような形の遊具のほうへ走っていく。  佐奈子は初菜に言ってやりそうになった。 ―私の心情を読んでよぉ―  初菜たちが向かったのはママたちがたむろするそばにある遊具だった。  娘について歩く母なのだから、そちらへ行かないわけにはいかない。  佐奈子は平静を装って、小山の遊具に近づいていく。ママたちのそばまで来て、もう一度、会釈する。佐奈子が近くに来たことに気づいた彼女たちはそろって顔をこちらに向けた。  乳児を抱っこした母親が手を上げる。 「蒼良(そら)ー、滑り台は順番に並ぶんだよー」  振り返ると、初菜と同じ年長クラスの蒼良が年下の子を階段で追い抜こうとしていた。  見ていたのか、近づいた自分のほうを見たから目についたのか。  佐奈子は後者だろうと考える。  子どもが順番を守ったのを見届けて、蒼良ママが佐奈子に笑いかけてきた。 「はっちゃん、逆上がりできましたね。小さいのにすごいですよね」  子ども同士は同い年だけれど、初菜は三月中旬生まれで体も小さい。それで褒めてくれているのだろう、と予想をつける。 「ええ、ほんとに。十回くらいやって何とかできたって感じですけどね」  別の方向から声が聞こえた。 「いやあ、でも、小さいのに頑張りましたよね」  先ほど逆上がりをしていた萌のママだった。  佐奈子は返す言葉をはじき出す。 「まあ頑張りましたけどね。萌ちゃんこそ何度やっても成功させてて、すごいじゃないですか」  会話が飛び交い始める。どうやら返した言葉は合っていたらしい。 「ほんと、萌ちゃんって走るのも早いし。運動神経良いですよね」 「うちの子なんて鈍くさくって」 「えー、でも楽器とか上手じゃないですか」  佐奈子はえづきそうになってくる。  こういう会話が自分の心を折れさせるのだ。わかっているから離れたはずなのに、結局、輪の中に入ってしまった。  小山に上っては滑り、滑っては上る初菜の姿を恨めしくみてしまう。
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