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蒼良ママが佐奈子の肩をたたいて、自分に意識を向けるよう促してきた。
「はっちゃんママ、みんなで話してたんですけど、今度良かったらランチ行きません?」
この発言をキッカケに、他のママからも次々と言葉が飛んでくる。
「子どもがいると、なかなか学生時代の友だちとランチって行かなくなるでしょ」
「そうそう、子どもの年齢が違ったり、子どもがいない人とか独身の人がいたりして」
「幼い子連れって、気を使うんですよね」
「で、同い年の子を持つメンバーで行けば気兼ねしないんじゃないかって話になって」
彼女たちの話はよく分かる。
子ども好きと言っていても、落ち着いて食事できない環境になると顔をしかめる独身の友人もいる。機嫌よく相手してくれる友人だったとしても、ゆっくりと食事がとれない状況に置くのは、こちらが申し訳ない気持ちになる。
幸いなことに、佐奈子が出かけたいと言えば、透也は気軽に子どもを預かってくれる。でも他の家庭の場合、仕事の都合や性格によっては、夫に子どもを預けて友だちとランチに行くって言いにくいケースも少なくないだろう。
会話が盛り上がっていて、すぐに返事を求められないのを良いことに、どんな言葉を使えば差しさわりがないか、佐奈子は頭をフル回転させる。
砂を蹴ったような、ズサッとした音がした。
蒼良が公園の砂の上を滑るようにして、自分の母親の近くまで来ていた。
「聖(せい)たちと、あっち行ってくる」
指さしたのは公園に隣接する神社だった。
蒼良ママは抱っこした乳児を揺らしながら、はいはーい、と軽い返事をしている。
あの場所へ行くと、ここからは子どもの様子が見えない。初菜も行くのだろうか。彼女は小山の遊具に夢中らしく、一人で繰り返し遊んでいる。一緒だったはずの萌の姿は見えない。
辺りを見回す佐奈子の顔を、蒼良ママが回り込んでみてきた。
「はっちゃんママ、いつが都合良いですか」
ランチの日を決めるのだろう。途中で、子どもたちに気を取られてしまった。断り文句が浮かばない。
「あー、最近、ちょっと家がバタバタしてて。日を決めてもらって都合が合うようならって言いたいけど、ちょっと難しいかも」
うまく断れているんじゃないだろうか、と自画自賛したくなる。
佐奈子の気持ちとは裏腹に、場の空気が一瞬静まった気がした。白けていると言っていいかもしれない。
断り文句を間違えたのだろうか。
それにしても、一度ランチを断っただけで、こんな空気になるものなのか。これまでの人間関係でこんな風になったのは、仲間意識の強い前職場で飲み会を断った時以来な気がする。
萌ママが瞬きを数回繰り返した。
「あーごめん。はっちゃんママは『行きましょう。何日と何日なら行けますよ』って言ってくるイメージだったから」
「まあ、忙しい時もあるからね。また次の時にでも」
「そうそう仕方ないよね」
一人が発すると、次々としゃべり出すのは、このメンバーだからだろうか。女性はたいていこういう感じだっただろうか。
同じ空間にいながら一人だけ異空間に飛ばされているような気がする。
気がついたら、初菜と手をつないで、置いてある自転車に向かって歩いていた。
自転車の後ろにつけた椅子に初菜が乗るのを待っていると、神社の方から萌が蒼良たちと一緒に走ってきた。
萌の姿が見えなくなっていたのは、神社へ行っていたからだったらしい。
重苦しい気持ちを抱えつつ、振り返ってママたちの様子を見る。自分たちの元へ帰ってきた子に手を振っているけれど、見えない場所で遊んでいたことには何も思うところはないらしい。
五歳の子は見えるところで遊んでいてほしいと思う自分が過保護すぎるのだろうか。
踏み込んだ自転車のペダルはものすごく重かった。
慌てて電動アシストのスイッチを入れた。
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