*13 苦みのある真実 ~side R~

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*13 苦みのある真実 ~side R~

「ぼくが生まれた時の本当の話も、峻ちゃんが好きって気持ちも、父さんはないことにして生きてくの?ぼくが子どもだから、どっちもちゃんと言わないの?」  耳に痛い言葉を恵太に真っすぐ投げかけられ、理輝は言葉を返すことが出来なかった。  情けない――自分の不甲斐なさを今更ながらに悔やんだが、それにはもう事態は深刻さを増していた。  真実を告げることを残酷と思うのは大人のエゴなのかもしれない……昨日脳裏をよぎった自分の言葉が、理輝の脳内にリフレインする。  俯いていた顔を上げて理輝が見つめた先には、濡れた恵太の目があった。  理輝の胸が軋んだ音を立てる。こんな顔を恵太にさせたくて口を噤んでいたわけではない。  だけど――口を噤み、真相を語るのを避けてきたのは、恵太の言うとおり、彼を子どもだと侮っていたから……と言うことになるのだろうか。  ひとつ息を吐き、理輝は胸の内で呟く。――そうじゃない、と、どうして言い切れる? 「……父さんがもっと峻ちゃんにちゃんと気持ちを伝えてたら、峻ちゃん、昨日みたいになることないんじゃないの?」  泣き濡れた恵太の目が、怒り感情を込めて理輝を睨む。  昨日の峻祐の姿は確かに目も当てられないものがあった。客にも迷惑をかけてしまったし、店の評判にも関わるかもしれない。  でもそれが、自分の態度に起因しているのではと言われると、理輝は強く反論できなかった。 「……父さんは……峻ちゃ、んが、誰とでも……エッチ、な……こと……してて、平気、なの…?」  涙声の恵太の呟きが、更に理輝の心を抉るように刺さる。年頃の子どもにそんなことを言わせてしまう自分も、彼――峻祐も、なんて酷いオトナなんだろう、と改めて悔やまれた。 「……平気なわけ、ないよ…」  これは、正直な気持ちだった。  毎日のようにセフレと夜を共にし、朝帰りし、その名残を、峻祐への態度を明確にできないでいる理輝に見せつけるようにシュガーに現れて入り浸る峻祐の姿を、見慣れているとは言え、理輝が何も思っていないわけではない。  峻祐が理輝を煽り立てようとしているのを感じつつも、目を瞑っているのは……やはり、恵太への後ろめたさが大きい。 「じゃあなんで、ちゃんと好きだって言わないの? 幼馴染で気心知れてたら、そんなこともしないの?」 「それは……関係ないよ……」  じゃあなんで……と、恵太がさらに問おうとしたところで、朝一番の常連客が現れた。  泣き顔の恵太は一番客と入れ違いに店を出て行き、二階の自宅へと上がっていった。  普段なら常連客には必ず挨拶をする恵太が、会釈だけして店を飛び出して行ったのを、常連客である白髪の短髪の老齢の男性は驚いた顔で見ていた。 「恵太、なんかあったのかい?」 「ええ、まあ……ちょっと……」 言葉を濁してメニュー表を差し出す理輝に、「ケンカ? 珍しいね」と、男性は苦笑し、「恵太も年頃だからねぇ」と、同情するような言葉を繋げた。 理輝は曖昧にそれに頷き、男性がオーダーした本日のブレンドとトーストを用意し始めた。  昼過ぎになって恵太が再びシュガーに降りてきて、いつものように理輝の手伝いを始めた。  正直今日はひとりで切り盛りしなきゃならないかと覚悟していた理輝は、いつもと変わりない様子で店に現れた恵太の姿に少し安堵していた。  しかし、峻祐は夕方になっても姿を現れなかった。  昨日の酒に酔った姿とそれによる恵太とのトラブルを考えれば、昨日の今日で平然な顔をして姿を現すことは考えにくかった。  閉店三十分前になって客足が途絶えて、店内は理輝と恵太の二人きりになった。  テーブルを拭いたり、食洗機で洗い上げた食器やカトラリーを棚に片付けたり、オーダーされたものを作ったりしている内に、忙しく時間が過ぎていたため、朝以来言葉を交わすことがそれまで特になかった。  客足が途絶えて、ホッと息を吐いて伸びをしていると、「……父さん」と、恵太が遠慮がちに声を掛けてきた。  振り返ると、恵太が俯き気味の上目遣いでこちらを見ていた。 「なに?」 「……朝は、ごめんなさい……言い過ぎた、かも……」  今朝方の、ひと悶着……とまでいかないが、恵太が理輝に問い詰めて気まずくなったことを言っているのだと気付いた理輝は、伸びをしていた腕を下ろしつつ、軽く下げられた恵太の頭にそっと触れた。 「いや……僕も、はっきり言ってこなかったからね……ごめん、恵太」  理輝の言葉に恵太がそっと顔を上げ、見つめ合った表情は、幼い頃いたずらをした恵太を叱った後に見せていたものと変わっていなかった。  いつもより気持ち早めに閉店作業をして、仲直りのしるしに、と理輝がブレンドコーヒーを二杯淹れた。  一杯ずつ手に取り、ひと口ずつ無言でそれぞれ飲んだ。一日の疲れと、昨日から地続きの気持ちの疲れがほぐれていく。 「何から話そうかな……」  コーヒーをカップの半分ほど飲み干した頃、理輝から話の口火を切った。  理輝の言葉に、カウンターを挟んで座る恵太の表情が心なしか引き締まった気がした。  少しの間を置いて、理輝は言葉を選びながら峻祐と優愛と共有していた秘密を話始めた。  三人昔から仲が良かったこと、その内に理輝が優愛に、優愛が峻祐に、そして、峻祐が理輝に惹かれ始めたことを話した。  その内に優愛が峻祐に想いを告げ、ゲイであることを理由に断られたこと、そして…それでも構わないという合意の上で二人が一夜を共に過ごしたこと、理輝が峻祐への想いに気付いたのもこの頃であったことも。  それらすべてを受け入れたうえで、理輝が優愛と結婚したことも包み隠さず恵太に伝えた。  恵太は、優愛の本心と峻祐との関係を理輝から告げられた時、静かに目を見開いて僅かに口を開いていた。驚きで言葉も出ない様子だった。 「……それが、父さんが、峻ちゃんに好きって言わない理由なの……?」  長い沈黙の後に恵太が振り絞った言葉に、理輝は弱く頷いて更にこう言葉を続けた。 「そう……だから僕は、峻祐の寝ることはできない……君の、父親かもしれない男だからね……」 「………じゃあ、なんで……峻ちゃんは……ぼくにすぐに会いに来てくれなかったの…」 「――これは僕の憶測でしかないけれど…たぶん峻祐は、僕と優愛に後ろめたさを感じていたから……僕らの前から姿を消したんだと思う……」  三人の――理輝と優愛と峻祐が分ち合っていた秘密、それは……恵太が理輝の子ではなく、峻祐の子どもである可能性だった。  理輝が知りうるすべてを伝え終えても、恵太は俯いて手許のカップを見つめたまま口を噤んでいた。  いまだかつて感じたことのないほどに重たい沈黙がシュガーの中に漂っていた。  じっとしたままでいたら鼻と口を塞がれて、息が出来なくなってしまうような気さえした。  口の中には先程まで口にしていたコーヒーの苦みがまだ僅かに残っていて、ずっとひた隠しにしていた事実を明かした理輝の胸中にぴったりな味わいだった。
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