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*17 焦がれていた熱と吐息と ~side S~
「――君を、抱かせてほしい」
あの女にも、こいつはこんな風に言ったんだろうか……? 混じりけのない、お互いの年齢から考えると恥ずかしくもなるほど真っすぐな眼差しに捕らえられながら、峻祐はそんなことを考えていた。
真面目で誠実さだけが取り柄のような彼だから、きっと自分から手ひどくフラれた傷心の彼女を……優愛を、すべてを承知の上で妻にしたのだろう、とも。
そのやさしさが、時に残酷に峻祐を追い詰めていたことを、理輝は気付いていたのだろうか。
……気付いているわけがない…… 峻祐はひっそりと笑う。自分の残酷さに気付いていないからこそ、理輝は、自分を好きだなんて今更に言ったりできるんだろう。
今更に……もう、自分は彼が夢見ているような綺麗なところなどないのに。
「今更そんなこと言う? ……理輝、自分が言ってることわかってる?」
「……わかってるよ」
「……どうだか」
冷たく酷薄に笑ってしまうことが止められない。すべてがあまりに遅すぎて。
理輝の感情の矢印が自分に向けばいいと思っていた。優愛の姿を追う目線が自分をなぞればいいのに、と。
歳を重ねれば重ねるほどに募っていく想いを掻き消すために、峻祐はいつも違う男と寝た。
峻祐を抱く男は、いつもどこかしら理輝を感じさせ、そんな男に抱かれることはひどく虚しいものだった。
虚しい関係ばかりを重ねていく内に、自分の中にある感情さえも輪郭がぼやけ始めていた。
このまま、朽ちるように想いも感情も消えていくのだとばかり思っていた。
なのに……いま、峻祐は理輝の腕の中にいる。
「……ごめん……峻祐が、僕を許せないのもわかってる……でも……どうしても、好きなんだ……」
「……理輝」
「何度でも言うよ……僕は、君をいますぐに抱きたいくらいに、好きだ」
抱きしめられて顔を押し付けられた肌越しに伝わる理輝の声は、これまで聞いてきたどの声よりも甘かった。
腕の中で峻祐が顔を上げると、理輝もこちらを見ていた。
濡れた理輝の目に、同じく濡れた目をした峻祐の姿が映し出されていた。
……ああ、これじゃあ何を言っても説得力がないよな…… 峻祐は自嘲するように笑い、そしてそっと理輝の首に腕を絡ませて抱き着いた。
急に距離を縮めてきた峻祐の豹変に、理輝は驚きを隠せないでいた。それもまた、あまたの男を相手にしてきた峻祐には新鮮だった。
「……別に許せないわけじゃないよ……むしろ、俺の方が許されてないんだと思ってた」
「ごめん……」
「それに…あんまり何にもしてこないから……理輝はもう勃たないのかと思ってた……」
「……えっ」
峻祐の言葉に驚きの言葉を口にしかけて開いた理輝の口許に、峻祐は自分のそれを重ねた。
開きかけていた口中に舌を滑り込ませ、理輝のそれに絡ませる。強張っている舌を弄るように撫ぜながら、首に絡ませた腕の力をこめる。
その内に、恐る恐る理輝の指先が峻祐の背中を撫で始めた。背骨をなぞるように、段々と下の方へ移動させながら。
理輝の手が峻祐の腰の、その少し下の辺りを遠慮がちに撫で始めた時、峻祐は理輝から唇を離した。
「もう俺は、理輝が俺を好きになり始めた時みたいに綺麗でかわいくないよ? 肌も綺麗じゃないおっさんだし、セフレいっぱいいたし」
「関係ないよ……いま、峻祐が僕といてくれるなら、それでいい……」
再び、今度は理輝から峻祐の唇を塞いできた。強張っていた先程までとは違う、喰らいつくような激しいキスだった。
峻祐は、自分の躰に熱が集中していくのを感じていた。そして同じくらい、抱き合っている理輝のそれも熱く滾り始めていることにも気づいていた。
ゆっくりと硬く熱を帯びて存在を誇示し始めたそこに、峻祐が触れると、僅かに理輝の身体が強張った。
「――なんだ、勃つんじゃん……」
「言ったでしょ……君を抱きたいって……」
甘く濡れた理輝の目が、峻祐を再び捕らえる。真っすぐで誠実な眼差しは、いつの間にか空腹の肉食獣のものに変わっていた。
峻祐が向ける眼差しと理輝の注ぐ眼差しはどちらも熱くとろけるほどに甘さを伴っていた。
ふたりは三度目になる口づけを交わしながら、互いのシャツに手をかけて脱がせ始めた。
カーペット敷きの四畳半の防音室の壁はくすんだ白色で、その一つ一つの壁の穴に、ぬめった肌を弄る音が吸い込まれていく。
時折そこに、どちらのものともつかない甘い喘ぎ声が混じった。
「……っは、あ……ん……ッあぁ……あ、っう……」
カーペットの上に組み敷かれた峻祐の股座に、理輝の顔が埋められている。丁寧に執拗に、理輝は峻祐の躰を愛撫していた。
雄芯を扱きながら先端に舌を這わせ、もう一つの手では彼を求めてやまない口元に挿し込まれ弄られている。
もう何度も、抱かれてきたことがあるのに。これ以上に激しい抱かれ方もされたことがあるのに……峻祐は、いま、理輝に挿入もされていないのに彼を感じていた。
愛撫も不器用な方で、丁寧さはあってもテクニックは感じられないのに……峻祐は理輝の舌と指に翻弄されていた。
「……っや、っあ…ッはぁ…! 理、輝ぃ……も……やめ……」
「峻祐…全然、綺麗だよ……ここも、あそこも……全部、すごく綺麗…」
「バッ…ッカじゃ、な…! ッあ!」
「ねえ、峻祐のここ……すっごい、きゅうきゅうするよ……すごい……」
「……思った、より……ガバガバじゃなくって…がっかりした……?」
薄皮を剥がすように峻祐の余裕を剥ぎ取っていく理輝に対して憎まれを叩こうとしたのに、理輝はうっとりとした顔で微笑み、そうしながらも峻祐のナカに咥えこませる指を一本増やした。
峻祐は、思わず上ずった声を上げて身を反らした。理輝の指が、峻祐の感度の高い所に触れたのだ。
理輝は一瞬驚いたように目を丸くし、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「良かった……僕のこと、感じてくれてるんだね……」
「……っるせぇんだ、よ……いちいち……! っあ、んぅ!」
「気持ち、いい?」
「……いい、よ……イイ、から……」
「イイから、なに?」
こいつ…こんなに性悪なこともできるんだな……そんなことを思いながら、峻祐は更に甘い声を上げて理輝の指を締め付ける。
昂っている感情と熱が出口を探して身体中を彷徨っている。その熱に峻祐も、おそらく理輝も絆されていた。
だから、峻祐は薄く笑いながら、あえて理輝を煽り立てるような口調でこう言った。
「イイ、から……挿入ろ、よ……俺が、欲しいんでしょ?」
峻祐の煽るような言葉に、理輝もまたゆったりと微笑んだかと思うと、そっと峻祐の下の口許に躰を宛がい、そしておもむろに貫いてきた。
熱の滾った躰に貫かれた峻祐は、その形を刻み込むように包み込んだ。
峻祐を貫いた理輝は、そのままぎゅっと彼を抱きしめてしばらく動かなかった。
「……理輝?」
じっとしたままでいる理輝の名をそっと峻祐が呼ぶと、微かに、「……い、してるから……」と、呻くように呟く声が聞こえた。その声は涙の色を滲ませていた。
理輝の声に、峻祐もまた自分の視界が滲んでいくのを感じた。
「……なに、泣いてんの……ホント、今更なのに……」
峻祐だって、と、苦笑する理輝が、ゆっくりと腰を動かしてくる。その感触に、峻祐は甘い声を上げてしまう。
唇を噛んで堪えることも、もはや馬鹿らしくなるほどに峻祐のナカは理輝を感じていた。
峻祐の甘い声を皮切りに、じっとしていた理輝が、段々と腰を打ち付けてくるようになった。
「峻、祐……! ……愛、して、る……! ッあ、っは、っく……!」
「あ、んぅ! 理輝ぃ……! あぁ! んぅ! あぁん!」
峻祐のナカが、ぎゅうぎゅうに理輝を掴んで離さそうとしない。すべてを搾り取るかのように。
濡れた肌の音が、ちいさな防音室いっぱいに吸い込まれていく。甘い喘ぎ声も、溜め息も、全部。
「……っは、あぁ、あぁ――ッ!」
掠れた甘い啼き声があがって、峻祐が理輝の熱を感じながら白濁を吐き出した。
その絶頂感の中で峻祐は自分のナカにも白濁が放たれたことを感じていた。
(――……ずっと、これが欲しかったんだな、俺……ずっと……)
放たれた熱のように、目の前も頭の中も真っ白になったかと思ったら、峻祐は意識を手放していた。
甘い啼き声と吐息の残響は、たちまちに壁に吸い込まれていった。
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