*6 晩酌想い出話 ~side R~

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*6 晩酌想い出話 ~side R~

 理輝と優愛は、佐藤ビルのある商店街のすぐそばの住宅街で生まれ育った幼馴染だった。  物心つくかつかないかの頃から一緒に遊んでいて、優愛が幼稚園に上がってしばらくして通いだしたピアノ教室が峻祐の実家だったのだ。  優愛に引っ付いて行って、ついでにレッスン後のお菓子をもらいに行っていた理輝と、優愛と、優愛と一緒にレッスンを受けていた峻祐はすぐに仲良くなった。 「子どもの頃から峻祐は派手と言うか……華があったって言うのかなぁ……兎に角目立つ子でね。元々の髪の色も染めたみたいな色してたし、あの顔立ちで、スタイルで、しかもピアノが上手いとくるからね、まあ、モテないわけがなかったんだよ」  そう、いつも三人の思い出話になると、理輝はまるで自分の栄光を語るような口調で言った。  シュガーを閉めて、二階の自宅に戻り、時折理輝は恵太相手に晩酌をすることがある。その時に軽く酔ってくると、理輝は必ずと言っていいほど三人の思い出話をした。  見た目が華やかでピアノが上手い峻祐は、幼い時分は毒舌を吐くこともなく、いつも笑顔の絶えないかわいらしい子どもだったという。  彼の周りにはいつも女子を中心にした取り巻きがいて、何かと話題の中心になることも多かった。  ただ、そういう人物に対してやっかみや嫉妬心を持つものも少なくはない。特に幼い時分はそういう想いは剥き出しに向けられる。  峻祐が何かとちやほやされることが気にくわなかった小学校のクラスのボス的な男子児童が、峻祐をターゲットに嫌がらせをし始めたのだ。  遊びの仲間に入れなかったり、ドッジボールでわざと顔面に当てたり、大声で峻祐の見た目が女の子のようであることをからかったり。  執拗な嫌がらせで取り巻きが徐々に減っていき、友達が理輝と優愛だけになってもそれは続いた。 「峻祐はねぇ……すっごい、いじめられててね……勿論僕や優愛が盾になったりすることもあったんだけど……。でも、絶対に泣かなかったんだよね、峻祐。特に僕らといる時はどんな事されても、絶対に泣かなかった」  痛みや悔しさはきっとあったのだろうと、理輝は言う。  一緒に学校から帰っている時にわざとぶつかられたり、持ち物を奪われたりすることがあっても、峻祐は目許を真っ赤にしながらも泣くことなかった。  その峻祐の頑なさがボスの癪に障ったのか、今度は嫌がらせの矛先が理輝や優愛に向き始めた。  理輝は嫌がらせにすぐベソをかいたりする子ではあったが、優愛は違った。優愛もまた、峻祐に負けないほどへこたれない子だったのだ。  それが相手の神経に障って、女のクセに、と嫌がらせがエスカレートしていったある日、体育の時間に行われたドッジボールで優愛が集中的に狙われたことがあった。  何度も速くて強いボールが投げられる中、そのボス的な男子が投げたボールが優愛の指先に当たり、優愛はひどい突き指をしてしまったのだ。  当時優愛は初めてのピアノ発表会を直前に控えていて、特別に峻祐の家で特訓をしている毎日だった。  それなのに……優愛はケガが原因で発表会を棄権せざるを得なくなったのだ。 「白い包帯を指に巻いた優愛の姿を見てね、峻祐が――ああ言うのを、血が逆流してるって言うんだなぁって今なら思うんだけど――とにかくすごくキレてねぇ……怖かったなぁ……」  優愛にケガをさせた男子は当時の峻祐よりもはるかに体格が良かった上に、峻祐は小柄だったのに、構わず飛び掛かって殴りつけた。それも何度も。  学校の廊下で始まった大喧嘩は、教師たちが止めに入るほどの大騒動になり、結果主犯の男子と峻祐と優愛と、何故か理輝の親たちが呼ばれる事態となった。  そうしてそれから、それまでにこにこといつも笑顔を絶やさない穏やかな子だった峻祐が、毒舌悪態をつく現在の姿に徐々に変貌していったのだという。 「……じゃあ、峻ちゃんは母さんのことが好きだったの?」 「そういうわかり易いもんじゃなかったんじゃないかなぁ……峻祐は男が好きだって話と、優愛への気持ちは、たぶん、別次元の話なんだよ。峻祐がゲイだってわかったのはその騒動のもっとずっと後だったしね」  峻祐の雰囲気が変わるにつれて、その行動や生活スタイルも変貌していった。  理輝と優愛とは変わらずにつるんではいたし、ピアノも相変わらず続けていて腕を上げていき、その道に進んでいったが、歳を経るごとに峻祐は実家の家族との齟齬を感じるようになっていった。  決定打になったのは、峻祐が音大生の頃夜遊びを続けていて単位が危うくなった理由が、都内の歓楽街で遊び歩いていたことだった。それも、夜な夜な行きずりの男たちと。  ゲイであることと、学校に碌に通っていなかったこと、そして夜遊びしていたことが一気に家族に知られることとなり、峻祐は勘当されてしまったのだ。  そう言った事情もあって、峻祐は一時期行方知れずになり、理輝と再会した後に佐藤ビルに転がり込んできたのだ。それが、優愛が亡くなってすぐの話だ。 「峻ちゃんが親に勘当されたことと、行方知れずになってからウチに来た、ってのはなんとなくわかったんだけど……でもそれまでどこでなにしてたんだろう?」 「さぁねぇ……海外に行ってたって話だけどね」 「父さん知らないの? 幼馴染なのに?」 「幼馴染だからってなんでも知ってるわけじゃないよ」  氷が溶けて薄くなったハイボールの残りを、理輝はグッと一息に飲み干して大きく息を吐いた。  空になったグラスと、チーズなどが盛られていた空の皿を、恵太が下げる。  皿とグラスを洗う恵太の後ろ姿をテーブルに頬杖をついて眺めながら、理輝は先程自分が呟いた言葉を反芻していた。 (――幼馴染だからってなんでも知ってるわけじゃない……か……)  まさにその通りだと思いながら、理輝は峻祐と再会した当時のことを思い出していた。 当時、理輝はサラリーマンを辞めて喫茶・シュガーのケーキ作りを担当すべく奔走していた頃だった。  元々サラリーマンは理輝の性に合わず、父・治夫が喫茶・シュガーを始めたのをきっかけに飲食関係に興味を持ち始めていたこともありそれを具体化しようともがいている最中だった。  その頃は理輝も優愛もそれぞれに忙しく、幼馴染と言えど連絡が途切れがちにもなっていた。  そんなさなかに優愛経由で耳にしたのが峻祐の勘当とゲイバレ、そして失踪だった。  峻祐がゲイ――同性愛者であることを知った時、理輝は大きなショックを受けた。  三人は何でも分かち合っている仲だと思っていたのに、自分だけがその事実を知らされていなかったことと、それから―― 「父さん? ぼく先にお風呂入るけど、いい?」  不意に恵太に声を掛けられて、理輝はハッと我に返った。時刻は晩酌をしていた頃より小一時間ほど経っていた。  眠たいんなら着替えてから寝てね、と、恵太は言い置いて風呂場に行ってしまった。いつの間にか転寝をしていたらしい。  母の優愛よりずっと高くなった恵太の上背の残像を想いながら、理輝はちいさく溜め息をついた。その後ろ姿に、どうしても重ねてしまうものがあるからだ。 (――……似てきてるな、年々……)  重ねてしまうものの正体を思い浮かべて、理輝は再び溜め息をつく。その色は先程よりもほのかに甘いやわらかな、少し複雑な色をしていた。
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