旅立ち

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「そう、ですか。最近、久遠様も美代子様もお忙しそうだと心配しておりましたが、喜ばしい事ならなりよりでございます。ですが私はただの使用人ですので…この様な席はご遠慮したく…。」 茫然としながら、頭の中は自問自答しているのにすいの口は勝手に言葉を紡いでいた。 「すいちゃんは久遠の恩人で婚約者を務めてくれたのでだからちゃんとね、しておきたいの。」 久子の『ちゃんとしておきたい』という言葉が、まるで久遠が結婚する前に婚約者役さえも無かった事にしたいのだと言っている様に聞こえて、すいは唇を噛み俯いた。 (分かってる。あれは役。代理。知ってる。私は子供で何の後ろ盾もない使用人。) そんな事分かってる、と頭の中で思うのに心がズキッと痛んだ。 「久遠が外国に行くと言うからわたくしも色々と考えて、ここで留守番をする事も考えたのだけれど、本宅を長く開けるのも心配ですし赤木さんが婿養子に来て下さる事を了承して下さったので、久遠がいない間この家に住んでもらう事にしたの。美代子もこれから忙しくなるなら慣れた家の方がいいでしょうしね。結婚式を終えて久遠が外国へ行き落ち着いたら、わたくしは本宅に戻るつもりです。出来れば年明けの挨拶を終えてから。それでね?すいちゃんも一緒に来てくれないかしら?前も話したけれど本宅の使用人として働きながら家族と過ごせるし、すいちゃんの事はわたくしが責任を持ってどこに出しても恥ずかしくない淑女に致します。すいちゃんがしたい事は言ってくれたら聞き届けます。あなたは三ノ宮家の恩人で、例えそうでなくてもわたくしにはもう可愛い娘の様なものですからね。」 「そこまで…して頂く訳には。」 「いや、すいが呪いを解いてくれた事に間違いはない。検証をして野瀬とも母とも意見は一致した。すいの弓盾のお陰だ。本当に感謝している。婚約者役もとても助かったし大変だったと思う。母さんはすいを気に入っているし娘のつもりで甘えてくれて構わない。僕がいない間、すいが母さんの側にいてくれたら安心出来るよ。頼めないかな?」 久遠に言われてはとコクリと頷くと久子が手を叩き喜んだ。 「あー良かったわ。よろしくね、すいちゃん。久遠は初めての外国行きで心配だったけど伊藤さんが手を貸して下さるなら安心だし、伊藤貿易はもう外国に事務所も支社も設立しているから心強いわね。」 嬉々とした久子の声がすいの心に重く響いていた。
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