第一章:マドンナの憂鬱

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「いいんだよ」  相手は諦めからどこか見透かす風な皮肉な笑いに転じた。 「桜庭(さくらば)さんは俺らとはレベルが違うから」  どこか醒めた目付きで“俺ら”と複数形を強調して告げるとクルリと学生服の上に纏った茶色いダッフルコートの背を見せて足早に立ち去っていく。  ああ、こいつも捨て台詞型か。自分はせいぜいが普通程度の顔と頭のくせにクラスで「可愛い」扱いの女の子以外には露骨に無視したりするから変なプライドがありそうな気はしていたけど。  月に二、三度、私はこんな風に男の子、時には女の子からも告白される。  相手の容姿や人となり、能力や性別に関わらず、こちらの答えは同じだ。  だが、どれだけ穏便に断っても、こんな風にこちらに嫌な爪跡を残そうと当て擦りを言い捨てていく人は少なくない。  その場で吐き捨てるだけならまだしも後々嫌な噂を流す人もいる。 “あの子は性格が良くない” “本当はヤリマンだ”  イソップの「酸っぱい葡萄」の狐は相手のことを良く知りもせずに告白して振られる男の行動の寓意なのだろうか。  むろんそんな男は大抵「身の程知らずが負け惜しみを言うな」と突き放されるが、「美人は性格が悪い、品行が良くない」式の噂話を好む人は一定数いるので、根も葉もない話でもこちらに関する風聞として残り続ける。 “あの子は金持ちの大学生と付き合っているから同い年の男とは付き合わない”  こんな風に私自身が耳にして一体誰の話かと驚くようなものもある。  むろん、成績が良いので男性の教師からは大抵可愛がられるし、今まで告白してきた中には年上の男性もいる。  しかし、私はその誰とも付き合ったことはないし(高校生と付き合いたがる大人なんかその時点でろくでもないし、そもそもそういう男は『女子高生』という記号に興奮しているだけだ。私が告白を断った男子大学生などはそれから程なくして違う制服の女子高生と手を繋いで歩く姿を見掛けた)、お金や物を貰ったこともない。  良く知らない相手から高い物をプレゼントされてもまず受け取らない。  だが、喜々としてそんな噂をしている人らにそんな抗弁をしても恐らく彼らは見方を変えないだろう。  「美人は性格が悪い」説信者でも「美人は性格が良い」教徒でも結局のところ、「美人」とラベリングされた当事者の見たい面しか見ないのだ。
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