23人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
「この前の事故なんてさ、みつきぜったい下敷きになったと思ったよ」
バーガーの包み紙をくしゃくしゃと丸めながら沙夜ちんは言った。クレーン車の横転事故のことだ。期末試験の二日目、ちょうど通勤の時間帯に事故が起こってたくさんの人が足止めを食ったってニュースにもなった。
けれど、あの事故ではあたしも含めて怪我したり死んじゃったりした人はいなかった。沙夜ちんの言うとおり、いつもあそこを通っているけど、あたしはあの日もっとひどい目にあってた。前の日の夕食に食べた牡蠣にあたって救急車で運ばれていたのだ。
点滴を受けてひと晩の入院で済んだけど、そのせいで得意な古文のテストが受けられなかった。事故のせいで遅れた生徒は再試験が認められたのに、あたしは欠点。おかげでせっかくの夏休み初日に補習を受ける羽目になってしまった。
「はあ、やんなっちゃう」
両手でテリヤキバーガーを持ったまま、あたしはうなだれた。
命に関わるような大病とか家族を失うような事態とかはないけれど、それでも毎日積み上がっていく不幸にはうんざりする。あたしは不幸の星の、それもかなりハイレベルなやつの下に生まれてると思う。
ズズーっとシェークを吸っていた沙夜ちんは、ストローから口を離すと「大変だねー」と言って窓の外へ目を向けた。なんだか口先だけに聞こえる。
「あ、見て。ゆきちゃん先生だ」
沙夜ちんが外を指した。水色の軽自動車が赤信号で止まり、その運転席にはさっきあたしたちに古文の補習をつけてくれた雪乃先生の姿がある。信号はすぐに変わって、先生は店内にいるあたしたちに気付かずに車を発進させ行ってしまった。
「かわいいよね、ゆきちゃん先生って」
沙夜ちんはガラスに顔を寄せ、斜めになって先生の車を見送っている。車が見えなくなって体を起こすと「あたしも短くしちゃおうかな」と後頭部に垂らしたポニーテールの毛先を顔の横まで引っ張った。
最初のコメントを投稿しよう!