3.対極

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3.対極

聞き違いじゃないよな‥‥? 僕は川瀬を凝視したまま、言葉を失った。 「葵くん、大丈夫?」 「岸野。おい、聞こえてるか」 2人に声をかけられたが、 首を横に振るだけで精一杯だった。 「まあいいや。という訳で、神代さん。 そういうことなのでよろしくお願いします」 「葵くんを巡ってのライバルということね。 こちらこそよろしくお願いします」 「もうそろそろ帰りますか。明日も早いし」 腕時計を見た川瀬が、 テーブルの上にある伝票を取り上げた。 「そうね。帰りましょう」 神代さんも立ち上がり、バッグを手にした。 僕はそれを見て、ふらふらと立ち上がる。 「川瀬、あのさ」 やっと発した言葉は、乾ききっていた。 「あの、さっきの」 「帰るぞ」 言いかけた言葉は、川瀬に遮られた。 踵を返し個室を後にする川瀬の背中が これ以上追及するなと言っているような 気がして、一気に不安に苛まれた。 今も駅のホームで方向違いの電車に乗る 神代さんを見送り、 2人きりになったというのに、 川瀬は僕と目を合わせることなく 電車を待っている。 手を伸ばせば容易に触れられる距離なのに、 僕は川瀬を遠く感じていた。
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