9年目の春

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自動販売機を越えた後に言及されるかもしれないなと思っていたが、いつもの場所を過ぎても特に何かを問われることもその他の雑談があるわけでもなく静かに少しの間を空けて歩き続ける。 実はここ最近では珍しいことではない。今までであればゆっくりと速度を落として私の隣に並ぶところを私が隣まで駆けて並びに行き、それに気付いてようやく蒼空君も速度を落とすということもざらにある。 隣に並ぶために早足を意識するも右足のハイソックスが下がってきていることに気付いて歩きながらハイソックスを上げようとするももつれてなかなか上手く上がりきらず、一旦立ち止まる。 いつぞやに思ったこと。このままどこかに隠れて振り返った時に私の姿が見えなかったら、あの綺麗なポーカーフェイスを簡単に崩すことが出来るんだろうか。あの頃は振り返るという確信があったけれど、今は私が呼吸困難になる方が早いかもしれない。 立ち止まり落ち着いた状態でハイソックスを上げるとあれだけもたついた時間が嘘のようにすんなりと上がった。それに気付かずにどんどんと開く私たちの距離。実はもう一人でも自発的に呼吸ができていたりしないか。 蒼空君の背中がどんどん小さくなっていく。きっと勘違いなのだろうけど急激に苦しくなってきている気がして恐怖で自然と足が動いていた。 蒼空君が私との異常に開いた距離に気付いたのはマンションの入り口。開いた扉に私が続いてこない様子で現状に気付き振り返り、私の元へ駆け足で引き返してきた。 私自身は特に速度を上げるわけでもなくそのまま追いつくと蒼空君は少し焦ったような表情。 「途中で靴下が下がってきちゃって。上げてたら案外距離開いちゃってた、ごめん」 「いや、俺こそ。なんで気付かなかったんだろう」 よかった。私はまだ綺麗なポーカーフェイスを崩すことができる。 「ここまで帰ってきてアレなんだけど、ノート買いたかったの忘れてて。ついて来てもらっていいかな」 私の発言に蒼空君の方が申し訳なさそうな表情で頷く。特に急ぎでは必要としていないノートのために近所の総合スーパーの方へ向けてやっと隣に並んで進むことができた。
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