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「でもさすがに登下校はまだ怖いから、申し訳ないけどまだ一緒にお願いしたいな」
少し重たくなってしまった空気を茶化して飛ばすように努めて明るく話し掛けると「わかってる」と蒼空君特有の気怠さと共に返ってきた。爛々としていた瞳も落ち着きを取り戻した様子で安心する。
「蒼空君もこれを機に友達作るんだよ? 」
「いるよ、それくらい」
「班を作れって言われて組むだけの人たちは友達って言わないよ」
「……」
「ごめんごめん。でもほら蒼空君ダウナー系イケメン枠だから一人でも絵になるかもね」
「なんのフォローにもなってないよ、それ」
同じマンションに帰ってきていつものように隣り合って家の鍵を開ける。「じゃあ、また明日」という言葉に蒼空君はいつものように一度だけ頷いて私が室内に入るまで動かずに見届けてくれた。
ドアが完全に閉まった音が確認できると胸の詰まりがため息として流れ出る。
外の喧騒が遮断された静かな空間で無駄に大きく音になった気がした。
蒼空君は私を生かすという責任に依存している。
あまりに大きすぎる気持ちを10年近く抱えて生きてしまったせいで今となっては任務遂行だけを掲げて自らの感情を極力殺した兵士のようになってしまった。
私から距離を離すことができないので放課後や休日に友人と出かけることもできず、私を生かすこと以外には何の興味もないといったような表情ばかり。
お互い思春期の10年を密着して過ごしてきたことで麻痺している部分があって、普通ではない10年の代償として知ることができなかった所謂普通の日常も沢山ある。
でもその歪な10年間が私たちの普通だった。
蒼空君をこのまま、私のためだけに生きているような様子でいきなり普通の日常に戻すわけにはいかない。
自分自身で無意識に後回しにしてしまっているであろう蒼空君のアイデンティティー。私との共存が解けた時に彼の生き甲斐になるものを残りの期間で確立させなければ。
あと一年と少しという時間をかけて、蒼空君の自由に生きられる人生の形を作っていこう。
あと一年と少しという時間をかけて、自然に、ゆっくりと二人の距離を離していこう。
そんな決意を胸に大きく深呼吸をすると肺に酸素が勢いよく流れ込んだ。
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