9年目の冬Ⅲ

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空き教室を出ると最後に見たときと変わらない位置にしゃがんで読んでいた本から顔を上げた蒼空君と目が合った。 「寒くない? 教室で待っててもよかったのに」 「ここにいた方が終わった時にすぐわかるから」 近寄りながら思わず話し掛けると、校内では珍しいくらいの言葉数で返してくれた。そしてその流れで私の後ろに向かって軽く一礼をすると私の真後ろから「さようなら」と先生の声が聞こえ、私も振り返って挨拶を返すと先生は片手を上げてそのまま職員室方面へ向かって階段を下りて行った。 教室内の自分の席に置きっぱなしにしていた鞄やコートを取りに行くと其々の机の横に掛けられていたりした荷物もしっかり無くなっていて、案外みんな真面目なんだなと思わせられる。 入試にクラス替え。そして夏には共存が解ける。年が巡るのはあまりに早い。 「呼び出し、なんだった? 」 品行方正とまでは言わないけれど大きく何かをしでかすこともない。そんな私の呼び出しだ、家族以上に近い蒼空君が気になるのも仕方ない。ただ校内で聞いてくるのは意外だった。 「気になる? 」 「……いや? 」 「思い当たる節でもあった? 」 蒼空君は「ないよ」と言ってマフラーに鼻から下を埋めると速度を上げて普段通りの距離を作りながら先を行った。 立ち止まっている私とはどんどん開いていく間隔。私はこのまま置いて行かれてしまうのだろうか。 「蒼空君、理転しないの? 」 声を張って誰もいなくなった廊下に轟かすと蒼空君は立ち止まり、驚き引き攣った表情で振り返った。 「やっぱりそれか」 「思い当たる節、あるじゃん」 隣に駆け寄るとどこか気まずそうな顔をした蒼空君に思わず笑ってしまう。 「別に悪いことでもなんでもない、というか寧ろ凄いことなのになんで言わなかったの? 」 黙ったまま歩き出した蒼空君と隣り合ったまま階段を下りる。自分に非があると思っているのか、二人の速度は私の速度だ。 途中でジャージを着た隣のクラスの女の子が2人。蒼空君のクラスの子たちの姿が見えた。 階段を下る私たちと上ってくるその子たち。 まずい、距離を空けなければと私は立ち止まったが時は既に遅く、私と蒼空君が隣に立つ姿が目に入ったであろう瞬間に「蒼空君、バイバイ」と声が上がった。 対して蒼空君は一言「うん」と言って会釈を返すのみ。それでもにこやかに通り過ぎていく彼女たちを見てこの一年間、私の見えないところで蒼空君の魅力が開花していたんだと気付いた。 「蒼空君は、理転できるよ」 こんな風に誰とすれ違うかわからない校内。蒼空君からの返答はない。 「夏を過ぎたらもう自分を一番に考えていいんだから」 それを利用して、こちらは話す。 「寧ろ、今までごめんね」 「……それは、違う」 「え? 」 「謝られるのは、違う」 そのまま会話を続けようと空気を吸って口を開こうとする前に「後でにしよう」と静止させられ、吸い込んだ空気を肺に溜める。空気を無駄だと思ったのは初めてだった。
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