1年目の夏

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普段より遅い時間に掛けた目覚ましのアラームで目が覚めて、起きた瞬間に何か変わっているかと心臓が高鳴ったけれど感覚はさして何も変わりはなかった。 病院には午後一番に伺うことになっている。今までの定期検診は私と蒼空君だけでよかったけれどさすがに最後はお互いの保護者も同伴で。 リビングに向かうとソファーに腰掛けたお母さんが「しっかり寝てゆっくり起きてきたのね。緊張で一睡もできなかったとか言うもんじゃないの? 」と呆れたように笑いながら、少し解放されたような表情で私を見た。 そうして立ち上がりキッチンに向かうと私のために朝食とも昼食ともつかない食事の準備をしてくれている。何かがフライパンの上で焼ける匂い。それで空腹を実感するなんて、私は意外と図太い。 洗面台で顔を洗い、歯を磨く、スッキリとした状態でテーブルに着いた時にはちょうど目玉焼きとウインナーがお皿に盛られて並んだ。 そしてお母さんが茶碗にご飯を盛っている姿をボーっと眺めていたとき、 不意に、空気が、変わった。 初めてのようで実は久し振りの感覚が信じられなくて何度も吸っては何度も吐く。繰り返し過ぎて半ば過呼吸のようになった時にやっとお母さんが異変に気づき、駆け寄ってきた。 「花!? どうしたの!? 」 落ち着いて、吸い過ぎないでと右手で背中を擦りながら左手で私の口と鼻を塞ぎ、密閉する。 数分そうして、額から冷や汗が流れ落ちたことに気付いた時、やっと呼吸も落ち着いてきた。 「大丈夫? 」 「なんか、空気が気管をすんなり出入りする感じ」 「……この時間でちょうど10年だもんね」 そうだ。私が生命力の移植を受けたのは午前11時すぎ。正午に近いこの時間だったと聞いた。 「本当に10年なんだ……」 自発的に呼吸ができている。 それはもっと嬉しいものだと思っていたのに、今、私の中にあるのは喪失感だった。
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