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マンションから出ると私の身体に一番丁度良い温度の風を感じる。これは生命力の移植を受けた経験のある人の大半が言っていることらしいのだが夏の暑い日は少し呼吸が苦しくて定期的に深呼吸をすることがあるし、寒い日は気管が冷えるような感覚になるので移植経験者は季節的なイベントや雰囲気は関係なく好きな季節に春か秋を挙げる人が多いらしい。
「そういえばさ」
隣に並ぶにはまだ足りなかった距離を早足で埋めて、話し掛ける。
「蒼空君の読んでた小説、映画になってたね」
「どれのこと? 」
「めっちゃ長いタイトルのやつ。一つの文章みたいな」
「あー、わかった。今放映されてるやつだ」
この特徴的な名前の本は一緒に探したもの。
蒼空君が珍しくどこにあるかわからないと店内を二周三周し始めて、じゃあ店員さんに聞いてみたら?と案を出すも人見知りを発動してそれは嫌だと言い出したので私も協力したんだった。その出来事も今朝まで忘れていたのだけどあの数秒のCMで一気に蘇ってきた。
「読んだことある小説が映画になるのってなんか誇らしくならない?これ読んでた! 最先端行ってるぞ! って」
「そんなの何作品もあるからな~」
「え、すごいね。なんでその都度教えてくれないの!? 」
「花は興味ないでしょ、小説とか映画とか」
何故そんなことを聞くんだと言いたげな、当然のことだろと言うようなきょとんとした表情があまりに冷たく見えて怯んでしまう。
言ってくれたらよかったのにと小さく続けてはみたけれどそろそろ同じ高校の制服を纏った人たちが現れ始める通りにまで出てしまったこともあって蒼空君は何を話し掛けても相槌と適当な返答以外の言葉をあまり話してくれなくなり、ただ私と歩調を合わせて進むだけだった。
蒼空君が映画館へ行くには私の身体を連れて行かなければならない。
例えば蒼空君の中に映画を観に行きたいという思いがあったとしても私の身体を動かすことになるという枷が先行してもはや映画に行きたいという思いすら沸かないくらい重くて分厚い蓋になっているのだと思う。
私に利のないものは切り捨てて当然だというようなリアクションをよくする。
私を生かしている側だから客観的に見ると私よりも優位な存在なはずなのに。
大きな通りに出て段々と騒がしくなってきた通学路を、私たちは会話もなく一人分程の距離を取ってお互い携帯をいじりながら行き慣れた目的地へ向かった。
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