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……放課を知らせるチャイムが鳴った辺りから教室を出る準備が出来ていた。
今朝教室に入ってから、授業を受け、昼食を取り、そして今に至るまでで思いついたことがある。
担任から明日の伝達事項を受ける短いホームルームの最中も今日は一段と長く感じるくらいにはソワソワしていたと思う。
解散が告げられると同時に急いで教室の出口へと走り、出口から一番近くの席でまだ座りながら身支度を整えている律子ちゃんにも「律子ちゃんバイバイ」と流れるように告げる。「え、迎え待たなくて平気なの!? 」という焦った声を背中で聞いた。
ゆっくり待っている時間がない。
「蒼空君いますか!? 」
隣のクラスの入り口付近にいる子に尋ねるとその声が以外に大きく教室に響いてしまい、静まり返る。冷静に見回すと蒼空君は自身の席で丁度机に椅子をしまっている状態で驚いて固まっていた。
「蒼空君ごめん! 急いで! 」
状況を飲み込めていないままゆっくりと私の元へ向かってきたので手を引いて急かし、そのまま私が引っ張る形の駆け足で下駄箱へ向かい、学校を後にする。
「なに、どうしたの? あんまり息切らすとしんどいのは花だよ? 」
未だに私が蒼空君の手を引く形のままなのは、普段帰宅する時に使う道ではないから。
「ちょっと急いだら間に合うの! 上映時間! 」
「まさか今朝の映画を見に行こうとしてる? 花が好きなジャンルじゃないと思うよ? 」
きっと私が理解出来ないような難しいストーリーなんだろうなということはわかってる。でも重要なのは蒼空君が触れて心の動くものを体感してもらうこと。
質問には一切答えず更に速度を上げると軽くため息をついた蒼空君が今度は私を引っ張るように前に出た。
努力の甲斐あって上映時間の15分も前に映画館へ辿り着くことができ、なかなか息切れの治まらない私に蒼空君が飲み物を買ってくれる時間の余裕もあった。
席について飲み物を飲みながらゆっくり息を整える。生命力の移植を受けると息が上がりやすくなるという点から体育の長距離走やマラソンは免除されているのでこんなに長い時間走り続けたのはいつぶりだろう。
上映前までには整えなければと時計を確認しながら上がる息と格闘していると不意に背中に温かさを感じた。
「無理に息整えようと思わなくていいから。意識すると余計整わないよ」
隣の席に目線を向けるとまだ何も映っていないスクリーンに視線を向けたままの蒼空君がゆっくり背中をさすってくれている。
提供者が触れることに特に何かの作用があるとは聞いたことがないけれど安心感からなのか一気に呼吸がしやすくなった。
劇場が暗くなり、スクリーンが明るくなる。その瞬間に背中に感じていた温もりは離れてしまったけれど、隣にある温度が私を落ち着かせていく。
この密接に今更胸が高鳴ったりはしない。私自身もいつまでもこの安定剤に頼り続けるわけにはいかないんだ。
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