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【大阪から別府へ】
十九時、出港の汽笛。
日の落ちた水平線には、コンビナートと入港する船の灯りが煌々と輝いている。甲板で次第に遠ざかっていく岸を見ていた。
――この船は、大阪別府航路、瀬戸内海経由――。船長のアナウンス。もうしばらく見ていようかと思ったが、二月の海風は身体に堪える。デッキの扉を開け中に入ると、暖房の熱気が押し返してきた。入ってすぐはラウンジだ。何人かのグループが談笑しているが、ひとまずは部屋で落ち着こうと思った。船旅は初めての経験だ。何かと勝手がわからない時は、いくらか慎重に動く必要がある。
私の取った部屋は、山小屋のように雑魚寝できるスペースのある大広間であった。トランクは個別のロッカーに入れてある。数に限りがあるようで、最初に確保できたのは我ながら良い判断であった。部屋の仕切りはカーテンだ。布団を敷いて横になると、僅かに揺れているのを感じる。既に何人かは寝てしまったのか、どこかからか寝息のようなものが聞こえてくる。到着予定は七時だ。早めに寝るのでもよかったが、何かしら腹に入れてから寝たい。船内レストランもあったが、今一つそういった気分ではない。カップ麺の自販機があったので、それで済ませばいい。
今回の旅は、目的地を名古屋に設定したものであった。別府から二十日以上かけて名古屋に帰る旅――目的地といったものは何も考えていなかったため、どこまでも道中を楽しむだけの旅だ。ひとまず連絡が来ていないかと携帯を見たが、案の定というべきか、海上では電波は乏しい。船内備え付けの無線も芳しいとは言えなかった。
「電波、悪いだろ」
隣の老父がそう言ってきた。
「ポケットWi-Fiがあるが、使うか?」
「ああ、いや、大丈夫ですよ。急ぎでもないので」
「ふゥん? 君、一人か?」
「まぁ、一応」
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