夏の終わりを見た話

1/4
前へ
/4ページ
次へ

夏の終わりを見た話

他の人に比べると、耳がいいらしい。 周りはイヤホンの音量を中ほどにするが、1番小さい設定でもうるさいと感じる。 救急車の音にいち早く気づいていつも親を驚かせる。 誰よりも早く聞いている曲の歌詞を覚える。 聞こえなくていいものが聞こえる。 あの夏、私は一曲の歌を知った。 元から知っているバンドだったけど、ちゃんと耳を傾けたのは初めてだった。 確か若い女性歌手とのコラボで、男女のデュエットソング。 薄暗いスナックのカラオケで友人が歌ったのがきっかけだった。 その曲は、酔っ払ったサラリーマンが盛り上がる店内には不似合いな、おとなしい曲。 「これめっちゃ好き!俺男性パート歌ってみる!」 元の声が低いくせに、超高音が続く曲に君は挑戦した。 顔を真っ赤にしながら頑張る君が愛おしくて、私は笑いながらスマホのビデオを回した。 その時は歌詞なんて正直聞いてなかった。ただただみんなで笑えるのが楽しかった。 でも最後の歌詞だけ、妙にクリアに聞こえた。 「終わるな 夏よ 終わるな」 その曲を聴いたのは、7月の中旬だった。 夏の終わりなんてまだ見えるはずもなかった。 花火も、海遊びも、お祭りも、キャンプも。まだまだ予定があったから。 その間に、ずっとこの曲をプレイリストにいれて聴いていたけれど、 夏の終わりなんて見えなかった。 秋の新学期へと向かう飛行機の中でも私の耳の中で歌っていたけど、 結局夏の終わりを感じることはできなかった。 それから月日は流れても、この曲はずっと流れていた。 紅葉が降る公園でも、段々と煌びやかになっていく街の中でも。 季節はミスマッチだったけれど、心地いい歌だった。 君と食器を洗っている時も、サークルの作業をしている時でも。 君と私の声で紡がれるこの曲がすごく好きだった。 好きだったのに。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加