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3
「せや、夢香ちゃん、動物好きやん? 上賀茂神社には、神馬がいはるよ」
上賀茂神社は、実家から自転車を使って簡単に行ける距離にあった。
――ダメや!
また昔の記憶に頭が持って行かれそうになって、思わず首を振った。
――集中集中!
「新芽?」
「新芽ちゃうわ。動物言うたやないかい。神に馬、書いて、しんめって読むんや」
あれは、小学校六年生のときだった。
『なんと! ラグビーカイザー号が上賀茂さんに!』
物静かな父が新聞を見て驚いた声を上げた。
『カイザー……ラグビー?』
聞き慣れない言葉に私は父の手にする新聞をのぞき込んだ。
そこには一頭の白馬の写真。優しそうな黒目が印象的だった。
『競馬や。そういう名前の馬がおるねん』
話の見えない私に、すっかり落ち着きを取り戻した父はゆっくり説明してくれた。
神様が乗る馬、神馬。上賀茂神社では今でも神馬が神様の側でお仕えしているのを見ることができるのだ。
その神馬が代替わりしたという新聞記事だった。新しい神馬は、元競走馬のラグビーカイザー号という父の知っている馬だったらしい。競馬を引退して、はるばる京都にやって来たのだ。
父は『そうかそうか』と目を細めていた。
父は賭け事をするほど肝っ玉が据わっていなかったが、競馬をテレビで見るのは好きだった。馬が全力で走る姿を見ると、スカッとするのだそうだ。
妹が代替わりした神馬に会いに行きたいと言ったので、父と私と妹で上賀茂神社に行った。
肝心の神馬に会ったときの記憶はないのに、賀茂川沿いを自転車に乗って、ガタガタ揺れながら見た、先頭を走る父の後ろ姿を今でもよく覚えている。角張った肩に、少し猫背の後ろ姿。決して大きな背中ではないけれど、なんだか頼もしい気持ちになった。
「お馬さんねえ」
だんだん夢香ちゃんの関心をつかんでいく、という流れだ。
「あと、花手水も見れるねん」
「八百長? なんで神社で八百長するの?」
「ちゃう。はなちょうず! 神社でお詣りする前に、柄杓で水をすくって、身と心を清めるあれや。手水鉢に、ぎょうさん綺麗なお花が浮かんでんねん。SNS映えするで」
「そりゃ、写真撮りたいな。フォロワー増やしたいもんな」
「せやな」
観客席が徐々に温まってきた。観客席に顔を向けると、どうしても探してしまう。期待しないほうがいいに決まってる。いなかったら、がっかりするから。
がっかり……するんだ?
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