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「そうや、夢香ちゃん、玉の輿に乗りたい言うてたやん。北区には玉の輿の御利益がある神社もあるよ」 「ほう?」  夢香ちゃんの反応が分かりやすく変わる。 「今宮神社言うねん」  夢香ちゃんは急に内股にして、唇を尖らせ、上目遣いをして見せる。 「そこ行ったら、私、プロ野球選手と結婚できるかな?」 「あんた、女子アナちゃうやろ」  私は、間を入れずに突っ込んだ。テンポは良い感じ。  それなのに、どうして余計なこと、思い出しちゃうんだろう。  私が高校三年生のとき。  私は東京に憧れて、都内の大学進学を希望していた。  当時、私と父は、顔を合わせても会話をしない仲になっていた。私にも思春期があったのだ。  そんなとき、私は今宮神社に通っていた。  今宮神社は大徳寺という大きなお寺さんの近くにある。玉の輿の御利益があるとして、女性に人気の神社だが、私には別の目的があった。 今宮神社は疫神を祀っている。古くから人々が健康や厄除けを願ってきた地だ。私はというと、妹のことを祈っていた。  当時の妹は、毎日バレエの練習に精を出していた。大きな舞台を控えていて、主要なキャストに選ばれていた。その矢先、足首を捻挫してしまい、出場が危ぶまれていたのだ。  一週間ほど、通い詰めた日だった。高校の帰りに寄るから、辺りはうっすら暗くなり始めていた。  参拝を終えて、目を開けると、隣に人の気配がした。何気なく視線を送ると、それは父だった。仕事帰りで作業着に身を包んでいる。  父も目を開き、私のほうを向いた。 『絵美も祈願してたんやな』 『べ、別に』  私は父から目を背けた。父は『ありがとうな』と小さな声でつぶやき、本殿に背を向け、ゆっくり歩き出した。  ヨレヨレの作業着。父の背中は、なんだか疲れて見えた。
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