デッサンの意味

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デッサンの意味

 石膏像は神様や過去の偉人を(かたど)象った彫刻である。  今書いているのは「ラボルト」という首像である。  ふっくらと丸いフォルムに渦巻く髪の毛がべっとりと貼り付いている。  顔の彫が深くて、理想化された感じがする。  髪留めのようなものでまとめられているのか、髪の毛がどうなっているのだろう。  耳は作りかけのような形をしている。  頬には傷がたくさんあって、首に筋がついていたり、欠けていたりしている。  丸い台座のくびれも気になった。後からつけたのだろうが、全体のフォルムに合っていない気がする。  まさに、取ってつけたような台に首だけ乗せられている。  石膏像は白い。  白いから陰影がハッキリ捉えられる。  絵を描くときには、光と影を表現して立体感を出す。  だから石膏像で陰影の様子を学んでいくのである。  航にとっては、たまたま美術室にあった題材である。  いかにも美術の勉強をしています、という雰囲気を(かも)し出している。  だが、ある程度まで描けるようになってくると、何を目指していくのか見えなくなってきた。 「石膏デッサンを描いていると、芸術家になれるのかな」  素朴な疑問を投げかけてみた。 「十分条件ではないが、必要条件だろうな。  デッサンを描かなくては、美術の道が開けない気がする」  浩太の答えは明快だった。  きっといつも考えているのだ。  そこへ、相馬先生がやってくる。 「浅川。  美術系大学のことだがな。  まずは『俊栄(しゅんえい)』へ行ってみたらどうだ」  俊栄とは何だろう。  浩太は相馬先生に相談していたようだ。 「美術の仕事もいろいろあるし、大学へ行くとなれば実技試験もある。  詳しいことは予備校へ行けばわかるぞ」 「近くにある『俊栄美術研究所』ですね。  大学受験のための画塾だとか」 「そうだよ。  私もな、俊栄出身なんだ。  親切に面倒見てくれるぞ」  浩太はデッサンの実力があるから、相馬先生に認められたのだろう。  興味はあったが、自分に話を振られないことが悔しかった。 「なあ、航も一緒に見にいこうぜ」 「えっ、今から?」  浩太は鉛筆を片付け始めた。  木の乾いた音が響き、パタンと筆入れが閉められる。 「そうだよ。  いいだろ」  当たり前だ、という顔つきで言われて少し救われた。  自分から一緒に行きたいと言いだすのは、少々プライドが傷つくからだ。 「まあ、行ってみるか」  もったいつけて言うが、内心は期待が膨らんでいた。
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