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デザインとの出会い
芸術とは無縁の生活をしてきた航は、打ちひしがれた。
足取りは重く、息苦しい。
ウサギやニワトリを外で見たときにだけ、心が和んだ。
「モチーフにするために飼っているんだよ」
生きた動物を描くこともあるのだ。
あらゆるものが、美術のためにある施設だった。
石膏像もあちこちの棚にぎっしり並んでいる。
最後は、デザイン科に案内された。
3つの科の中で最も大きなアトリエである。
「デザインって人気あるんですね」
「グラフィック、プロダクト、インテリア、ファッションとかいろいろなことをやるからね。
幅広くて、いろんな人が集まっているよ」
3階建ての建物だった。
アトリエの引き戸を開けると、これまでと違う雰囲気を感じた。
白い壁。
きちんと整理された棚。
長机に整然と並んだ生徒が、バケツで筆をといて絵の具を塗っている。
「これね、平面構成って言うんだ。
近くで見てごらん」
板倉先生に続いて、浩太と航が入る。
余計な物がない。
スケッチブックと絵の具、筆、バケツ、絵の具皿。
皆似通った道具をきれいに使っていた。
芸術家のイメージとは違う。
道具の配置、生徒の動きを見ているだけで、直観するものがあった。
洗練され、考え抜いた画面。
自由な自己表現とは異なるのがわかった。
自分の肌に合う。
そして、これをやるべきだ。
今日航は、浩太と共にデザインの世界に一歩踏み出した。
とてつもなく長い道のりになるが、頂点を目指して一度も振り返らずに登りきる山の麓だった。
「一日体験入学があるんだけど、参加してみてはどうかな」
板倉先生がパンフレットに挟んであるチラシを取りだした。
日曜日に予備校生と一緒にデッサンを描くようである。
デッサンには少し自信があった。
相馬先生意外にきちんと指導を受けたことがなかったので、専門家が自分の作品にどんな指導をしてくださるのか興味もあった。
「申し込んでいこうか。
試しにここで描いてみようぜ」
浩太はやる気満々である。
「ああ。
試しにな」
体験して、自分の悩みの答えが見つかるかもしれない。
将来への不安。
無力感。
勉強しかしてこなかった自分。
いや。
多くの高校生が、自分と大差ないだろう。
だが浩太は絵の才能がある。
航には、浩太に対する劣等感があった。
そして、絶対越えたいという灼熱の心も内に秘めていた。
了
この物語はフィクションです
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