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甘胡とレイモンド 後編
「ただいまー」
まるで夜逃げのように、慌ただしく荷造りをしてる。
「なにしてるん?」
この家の荷物……?
「おっとー? 」
「おっかー? 」
「選別しないと間に合わないから、甘胡も手伝いなさい」
小さな頃おっかーから貰った、私の宝物の綺麗な石。
「なんの選別? 」
よーく見たら皆私の荷物じゃないの?
「おっとーどういう事? 」
「昨日、レイモンドさんの使いの人がやってきた」
おっとーは静かに話をしてくれた。
レイモンドさんから、私を生涯の伴侶に貰いたいという申し出。
ご両親を心配されているから、一緒に行かないかという申し出。
それはとても有り難かったという事。
「なら……」
「甘胡、おっとーはおっかーと話し合った」
「世界と言うところは広いのだろうな……」
両親は可愛い娘を見つめた。
「そりゃーもう、だから……」
「甘胡」
おっとーは、私の台詞に被せるように、少し語気を強めて言った。
「私達は、慣れ親しんだこの場所から動けない。夢よりもう安定を見てしまうのだよ」
「なら私も」
「甘胡!親が、親が……大切な子供の枷になど、なりたくはないのだよ」
おっかーは、おっとーの言葉をただ黙って聞いていた。
「行きなさい!お前の羽は、まだまだ飛べるのだろう?出戻りのお前が、また幸せを手にするなど、私は二度とないと思っていたんだよ。幸せを願わぬ親など、ただ一人とているものか」
「私達も悩んだわ。一緒に、行ってあげたいとも思ったわ。でも言葉もわからない場所で、暮らす勇気はもう無かったの」
「だっ、……」
甘胡の目から大粒の涙が溢れてきた。
「甘胡、お前の長所は、振り返らない事だろう。もし夢がかなって、また会える事があるのなら、その時は……お前の作った、そのケーキとやらを食べさせておくれ……」
「これ、おっかー、持っていっていい?」
綺麗な石を手に、私はただ涙が流れるのを止めなかった。
「最後に私が二人に何か作ってあげたい。なにが食べたい?」
二人は顔を見合せ、にこりと微笑むと……最後のリクエストをした。
「幸せになる食べ物がいいわ」
「わかった……天ちゃんと隼人さんと考えて、二人を招待してあげる」
私はそのまま天ちゃんの知恵をかりることにした。
天ちゃんは、うちの調理場より絶対レイモンドのところがいいという。
レイモンドが、気にして見に来てくれたのをきっかけに、船の調理場を借りることにした。
隼人がおっとーとおっかーを、浦賀沖の船まで連れて来てくれることになったから、私と天ちゃんは先に馬車で船まで行った。勿論馬車を出してくれたのはレイモンドだ。
隼人達が遅れて馬車で浦賀沖に着いた。
「でっけーなぁー」
おっとーは、目を見開いて、じーっと見つめていた。瞬間的に出た一言は、 素直な感想なんだろう。
「こちらへどうぞ」
「ここは? 」
「食堂ですよ」
二人はこれから娘を出す場所をしげしげと見つめた。
カラカラカラーン。音がした。
「どうしましたか?ハニー? 」
「ハニー、ハニー」
「え?なに?レイモンド、大丈夫よ。ちょっとお盆落としただけ」
「ほんとーに? 」
「心配しすぎ!まったくもー」
ほっとした顔をする。こんなに心配してくれる人がいるなんて、甘胡はなんて幸せなのだろう。
「レイモンド氏は心配性なのか? 」
隼人がそういうと、彼は苦笑して言った。
「結婚したいと思う人ができたのが、なんせ初めてなもので……なんか上手く出来なくて、心配しすぎだと怒られています」
「でっきたー。ちょっとすごくない?可愛いわ」
船の厨房からは、女の子達のキャッキャとはしゃぐ声が船内に響き渡った。
「最高や!ふわっふわ、これぞ幸せの味やな」
「ザ、女子って感じだな。二人とも男勝りの性格なのにな」
外野はクスクス笑うしかない。
甘胡は、天ちゃんに一緒に運んで貰い、そのふわふわをダイニングテーブルに置いた。
そこに現れたのは、天使の食べ物かと思うような、綺麗なパンケーキだった。8センチはあろうかという、小さな円形のパンケーキ、白いクリームがポッテリと乗り、赤いソースがトロトロとかかっている。
「赤い汁はソースっていうのよ。おっかー食べてみて」
一口いれる。ふわふわで甘くて優しい味。
「甘胡ぉ、これ凄く美味しいよ……」
おっかーの声は震えていた。
「こんな凄いもの……作れる様になったんだねー。あの世への土産話になったよ」
「おっかー、変な事言わんといて! 」
「おっかーは甘胡の始めてのお客さんやねぇ。幸せやわ」
おっかーは、甘胡の腕を掴むと、自身の後ろに下げ、真正面をむいた。
「レイモンドさん……」
レイモンド氏に向かいあい、ゆっくり意思のある目をむけた。
「はい」
「こん娘は、出戻りですぅ。世間じゃぁ、傷物っていいますぅ」
「お母さん……」
「ですが、我が娘はどこに出しても恥ずかしくない、優しい良い娘です。私が保証します。よう働きます」
涙でぐしゃぐしゃの顔を拭きもせず、甘胡はおっかーに抱きついた。
「私は、彼女の真っ直ぐな目に惚れたのです。世間の目なんか、興味はありません。必ず、必ず幸せにしてみせます」
おっかーの前に、グイッと体を割り込ませたおっとーが、頭をさげた。そして今一度真っ向から見つめかえす。
「勘違いされたら困ります。レイモンドさん、私達は、娘を幸せにして貰う為に、そちらに差し上げるのではありません」
「お父さん……」
「私の娘を、なめて貰ったら困ります!うちの娘は、一人でも十分、幸せになれる力があります。むしろレイモンドさん、貴方を幸せにするために、娘は共に海をわたるんだ!あなたは、私達に約束できるのか!あなたは幸せになれるのか……」
「おっとー、やめて……」
「おじさん……」
甘胡と天狐は慌てて口を挟んだ。
「二人共黙ってろ」
隼人が制止する。
外は雨が振り出し、窓に流れ落ちる雫は、まるでカーテンのようだった。さっきまでの、あたたかな日差しは一変して、薄ら寒さすら漂う外気温だ。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私達は必ず幸せになります。ですから笑って送り出して下さい」
皆で食べた、ふわふわの幸せになる、このパンケーキの味を、私は生涯忘れない。
この日、甘胡の作った幸せのパンケーキは、恋人同士の縁結びのパンケーキとして、一膳飯や【天天】で密かな話題になった。
この7日後の夕方、浦賀沖から甘胡を乗せた船は遥か彼方を目指し、出港した。
「隼人――今、ボ――――――――って船が出る音が聞こえた気がしたんよ」
「そうか。幸せの音がしたんだな」
「行っておいで!カンチャン」
甘胡とレイモンド編 了
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