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地獄へようこそ
背中から伝わってくる、身体を貫く刺激。刺されるというのは“痛み”ではなく“熱い”という感触なのだと知った。
身体の外側から内側へと身体を貫く熱。そこから暖かい何かが身体の外へと流れだしてゆくほどに、身体の芯がじわじわと冷えてゆくのが分かる。
全身の力が抜け、糸が切れた操り人形のように床へと崩れ落ちる。
遠くなってゆく自分の名を呼ぶ声。ゆっくりブラックアウトしてゆく視界。
最後に目に入ったのは、飲み屋のレジ横に置かれていた白い招き猫だった――
気が付くと、ごろごろとした丸石の転がる川原の風景が広がっていた。
「――ここは…?」
自分は小さな飲み屋で酔客のケンカの仲裁をしていた。そして酔って暴れる男に背中を刺された。その筈なのだ。
背広を脱いで背中を見ると、縦に穴が空いており、赤黒く血で濡れている。
確かに刺されている。だが痛みは無く出血も止まっている。
だが自分はこうしてここに居る。これは――
「もしかして…俺は死んだって事…なのか」
そう考えるしかないのだろう。
「するとここは『三途の川』って所か?本当に何も無い…いや――」
目を凝らすと何にもない岩だらけの川原に何故か松の木がポツンと生えているのが見えた。その横に人影が二人。何かを焼いているのか煙が上がっている。
俺は、それに近付くことにした。
河原の丸石に何度か足を挫きそうになりながらもようやく近付く。
「済まねぇが、ここは…」
そこまで口にして漸く――人影の異常さに気が付いた。
和服を身に纏った手足の細い、老人と思しき2人がしゃがみ込んでいる。
それはいいのだ。だが彼らは――
何かを食っていた。
ぺちゃぺちゃぐちゃぐちゃと、時折身体を前後に揺らしては、一心不乱に何かを貪るように、何かを、食っていた。
ここは死後の世界。おそらく地獄。もしかして……
恐ろしい考えが脳裏に浮かび――俺はどうにかそれを振り払った。
そんな訳が無い、とは言い切れない。確かに死んだ筈の自分が今こうしてここに存在しているのだ。これ以上の“そんな訳”など存在しない。
白髪を結ったひとりがゆっくりとこちらに振り返る。
自分の額をゆっくりと汗が伝い流れ落ちてゆく。
そこには――
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