ねこ、就職

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ねこ、就職

 ここは地獄。閻魔庁。  皆皆様が思い描くような古代中国風の建物が…と思いきやそれは正面の門だけが記念として残されているだけで、その奥にある庁舎は以外にも、現世においてそこら辺の“ちょっと金のある”市町村役場とさほど変わらない様なビルが建っているのですが――  本日はその厳つい門にドドンと『就職希望者面接会場』という看板が立てられております。  さてここで現世における就職の現状を知っているお方々であれば「ん?」と思うに違いありませんが、その理由は閻魔庁舎の一室を覗いてみれば明らかになるでしょう―― 「誰も…」 地獄における審判を司る地獄のトップ、真っ赤な顔をした閻魔大王が憤怒の形相で座っていた。 「来ないッスねー」 その隣。ワイヤレスヘッドホンを首から提げ、赤と黄色に髪を染めた、どうみてもチャラ男といった容貌をした男が一人。  実はこの男、閻魔の右腕と呼ばれ、罪人の審判記録担当書記官、司録という役職に就く男であり、その名を亜備と申します。    2人は並んで折り畳みイスに座り、テーブルの向こうにある空いたイスを眺めておりました。 「現世で鬼の募集が急増してるらしいからな…」 「ウチの幹部クラスまでごっそり現世にヘッドハントされちゃいましたからね。今じゃ十二鬼〇とか言われちゃって、今度握手会とかやるらしいッスよ」 「地獄の何がイカンのだ…」 「そりゃ当然ッスよ。いくら罪人を痛めつけるのが獄卒の仕事とはいえ、結構精神的に来るッスもん」 「れっきとした公務員であるというのに!今回から筆記試験も不要にしたのに!ツイッターで告知もしたのに!」 「フォロワー数2ケタの公式ツイッター(笑 。『今月イチオシの責め苦』とか誰得だしグロマニアでも避けて通るって有名ッスよ」 「ウケると思ってたんだが…」 「そもそもアレ、誰に任せてんスか?」 「……儂が自分で」 「……なんかサーセン――そ、そもそも職場環境がブラック通り越して地獄(ヘル)ッスからね。熱いわ血生臭いわでリアルに職場の空気悪いし鬼の《つぶやき》の9割が愚痴ッスもん。『血の池の掃除マジ吐きそう』とか『針の山磨くのに5徹死ねる』とかヤバいっスよ」 「…そんなにブラックな環境か?」 「そッスね。盆暮れ正月も関係無しなんで職員の鬼のうち『紅白』の話題通じる奴、誰も居ないッスから」 「むぅ…改革が必要なのは分かったが…その前にこのままでは、通常業務さえ…」 「本店から誰か援軍とか来てくれないんスか?」 「依頼は要請しているのだ。毎月毎月な。だが…」 「そりゃ向こうは“極楽”ッスもんね。誰も来たがらないっしょ」  そんな時だった。面接会場にとっとっとっと軽やかな足取りで侵入してくるものが居た。        にゃ―  それはごく普通の。何処にでもいるような。とても可愛い――サバ白の猫だった。 「きゅんっ」 それを見た瞬間、閻魔大王の胸を初めての衝撃が貫いた。それは人の間では永遠の謎であり悠久の時を経ても尚受け継がれてゆく崇高な感情にして使命――そう。猫への愛であった。 「…何か今マジキモいエフェクトが聞こえた気がするけど…気のせいってことでいいッスよね。それはそうと、どっから迷い込んだんスかねぇコイツ」  にゃ――― にゃ― 「それは…なんだ?…」 初めて見る生き物にひと目で心奪われた閻魔を他所に、入り込んできた猫へと遠慮無く近付いてしゃがみ込む亜備。ゆっくり手を出すと猫は自分から頭を擦りつけてきた。 「は?猫ッスよ猫。にゃんこ。みんな大好きベリベリスゥイートな猫ちゃんっス。閻魔様、知らないんスか?……人懐っこいッスねコイツ。うわすっげーフワフワ」 「あぁ…今、生まれて初めての衝撃に出会った…ふ、ふわふわ…なのか…?」 「あ~…聞いたらメンドクサくなりそうな気持ちなんッスね?その顔で」 「生まれた時から大王だしこの顔なのだから仕方なかろう!」 「あ~おっきな声は厳禁ッスよ。猫は繊細な生き物なんで」 「あ…す、すまん…しかしその…猫?だが『ここではたらかせてください』って言っておるぞ」 「マジか。てか何で言葉分かるんスか」 「だってワシ閻魔だから」 「さすが閻魔様その顔でマジパネェわ」 ディスったりアゲたりと上司である閻魔の扱いが実に適当な亜備。いつの間にやら猫を両手で抱きかかえていた。だがその間も猫はじっと閻魔を見つめ続け、  にゃ―――― と、長めの鳴き声をあげている。 「…ふんふん…なるほど…ふむ…わかった」 閻魔はと言えば独りで猫に向けて相槌を打っていた。 「もっといっぱいいるのだそうだ」 「いっぱいって…何人スか…?」 「うむ……どれくらい居るのだ?」 なぁお 「とにかく“いっぱい”居るそうだ。しかし本当にこの…可愛い…猫達に地獄の獄卒が務まるのだろうか…?」 「まぁ無理ッスよね。じゃあ断ってもらってもいいッスか?俺猫語わかんないんで」 「ん?あ、あぁ…」 あきらかにしょんぼりした様子の閻魔。別れを告げねばならぬと席を立とうとしたその時だった。  猫は亜備の腕からぴょんと飛び降り、閻魔の方へトテトテ歩み寄ると、閻魔の足元に身体をスリスリ擦り付け始めた。 「こ、これは…?」 「あー気に入られたみたいッスね」 そして猫はそのまま閻魔の膝の上にぴょんと飛び乗った。 「あー今度は閻魔様っすか。広いから居心地いいんでしょうね」 「あ、足の裏がぷにっと…」 すると猫は広い閻魔の膝の上から閻魔を見上げ、ひとこと鳴いた。     にゃー 「な、撫でて、だと…?」 閻魔は恐る恐る手を伸ばし――猫に触れた。 「ふわっとしてるぅ…」 「閻魔様、目がガチで乙女になってキラキラしたエフェクトが出てるッス」 「……よしっ!全員この地獄で雇うぞ!地獄を大改造し、猫ちゃんが快適に過ごせる『ねこのための地獄』を作るのだ!」 「マジすか!?」      にゃんっ (ありがとっ)  こうして、地獄の獄卒として、新しく『ねこ』が採用され、地獄の一大リニューアル計画が発動されたのでありました。
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