奇妙な石

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奇妙な石

「よぉう山菱(やまびし)! 今日もパッとしねぇ顔してんな」 「なんだ冷泉(れいぜん)か。暗いとこからいきなり出てくりゃビビるんだよ、人ってもんは」 「ハッハ相変わらず図体似合わず肝が小せぇ」  心臓が止まるかと思ったのに、いきなり指をさして笑われた。  時刻といえば丑三つ時。  明治16年の秋の夜長は妙に冷え、地面に沿って這ってきた冷たい風が、(あわせ)の裾から吹き上がる頃合い。その上この辺りは真っ暗だ。神津(こうづ)の市街まで行きゃガス灯というものも灯りはするが、はずれのこの辺りはこの手の内の提灯がなきゃ、何も見えねえありさまだ。  往来は既にシンと静まり、現れそうなのは妖という風情だ。そして現れたのも俺としては妖怪と大して変わらない存在だった。  柳のように細い冷泉が柳の隙間から灯りも持たずにお化けのようにヒョロリと現れたものだから、腰を抜かしても仕方が無いと思うのだがな。それに相変わらず格好も奇妙で、ぴちりと体に沿った洋装に黒のインバネスを纏っている。 「そんでお前は灯りもなしに何やってる」 「別にプラついてるだけだ。散歩ってやつよ。お前はどうせ賭場ですってきたんだろぉ!」 「うるせぇ」  ウヒャヒャというおかしな笑い声と共に俺の背中がバンバン叩かれ、地味に痛い。  博打については図星なので何も言い返せはしねぇが、今日の冷泉はやたらめったら高揚している。とはいえバッタリ会う時はだいたいこうだ。高揚してるからこそ、こんな治安がいいともいえない場所を灯りもなしにプラプラうろついてるとも言える。  大麻の吸引でも疑うレベルだが、こいつはまともな時以外は躁鬱の気質が激しい。まともな時ほど何考えてるかわからんから、まあ結論的にさして代わりはしないわけで別に良いのだが、鬱陶しいことには変わりない。
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