君とユニゾンを

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 ――今でもずっと、私は彼の音色に憧れている。    あの日、「他の子の発表も聴いていこう」とお母さんが言うものだから、私は渋々ホールの椅子に座って足をぶらぶら揺すっていた。自分の出番は終えていたし、ステージに堂々とたたずむグランドピアノの光景にもすでに飽きていた。  けれど、演奏が終わると鳴らす、形ばかりの拍手に紛れて「もう帰ろうよ」とお母さんに耳打ちしたところで、プログラムは次に進んでしまったのだ。 「13番、山下(やました)優雅(ゆうが)くん。曲は――」  アナウンスに抑えられて、拍手はパラパラと余韻を残して消えた。  舞台袖から出てきたのは私と同じくらいの年の男の子で、寝癖そのままみたいなごわついた髪に、丸い細フレームのメガネをかけていた。  アナウンスが止んで静けさに包まれる中、彼がピアノの前に座り、鍵盤に手を乗せた。演奏が終わったらすぐに会場を出られるように荷物の準備をしておこうと思った、その瞬間だった。  彼の指が鍵盤に沈んだ途端、全身に鳥肌が立った。  なにかを聴いてあんなふうになるのは初めてだったから、私は心底驚いた。奏でられた音はよく耳にする綺麗なクラシックで、もっと高学年になったら弾けるのだろうと漫然と思っていた曲。とりたてて耳が肥えていない私にも、彼がすごく上手なことがわかった。  メロディーがキラキラ輝いて、目の前を駆け抜けていくようだった。  ――すごい。すごいすごい。
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