プロローグ

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彼、佐野シキに与えられたものは1台のピアノと赤い屋根の離だけだった。 佐野シキはこの世に居ない存在である。しかしシキはそれを不幸だと酷いことだとも思ったことは無い。彼はピアノがあればそれで満足だからだ。 シキが生まれた時、産婆が悲鳴をあげた。周りにいた医師も息を飲んだ。 それは彼が産まれた際に息をしていなかったからだけでは無い。 少しだけ生えた髪は白く、肌も異常なまでに白い。赤子だから目は開いていないが、そこに赤か紫の瞳があることはなんとなく皆予測できた。 アルビノ、シキはそう診断された。 直ぐに保育器に繋がれ生き永らえることは出来たが、シキの家はそれを許さなかった。 シキの家の佐野は代々続く財閥の家で、当主は元気な男の子を所望していた。生まれたのは男の子ではあったものの、アルビノ。体が弱く見た目も普通ではない。 当主はその結果に酷く落胆し、シキの名前が決まる前に死亡届を出してしまった。シキは死産ということにされた。 産院も佐野家の傘下であったため、シキは直ぐに処分されるはずだった。 しかし幸いなことに、シキの母親は彼を見放すことは無かった。むしろ自分が入院している間にそのような手続きをされたことに憤り、この子を殺すならば私も死にますとシキを抱えて窓から身を乗り出したほどだ。 シキの母親の家も財閥の1つであり、死んだとなれば佐野家の行く末も危ぶまれてしまう。仕方なく佐野家当主はシキと母親に母屋から遠い離を与えた。 死亡届を今更書き換えることは出来ず、シキは学校に通わせては貰えなかった。もちろん佐野家は家庭教師など手配するはずもない。 母親はシキに生きていける程度の知識を与え、あとはピアノを教えた。 母親はシキがこの屋敷から出られないことを悟っていた。だからこそ、今後の人生になにか楽しみがあればとピアノを教えたのだ。 シキにはピアノの才能があり、いつしか母親を超える存在となっていった。 食料や生活雑貨は本邸から支給された。必要なものを書き、それを戸口に貼る。すると翌週にはそれが全て揃えられた状態で置き配される。 母親はその仕組みを使ってシキを育て上げた。そしてシキにグランドピアノを与えた。 最初にグランドピアノと書いた際、却下という意思表示なのか紙が破り捨てられていた。それを見た母親は自分たちを幽閉しているのだからそれくらいは当たり前だと、堂々本邸に乗り込んだ。 当主はその時にはかなり年老いて弱り、新しい当主に変わっていた。その当主はシキたち親子のことを知らされておらず、現状を知ると直ぐにピアノを用意させた。本邸に戻るかと当主は聞いたが、母親はシキと一緒にいることを選んだ。本邸に戻ったところで、シキが死んでいることに変わりはない、と。 そしてシキが12の時、母親が急死した。原因はアレルギー。新しい料理長は母親のアレルギーを確認することを怠り、それを食べてしまった母親はそのまま亡くなった。 その時のシキは死を理解することが出来なかった。母親が倒れるのを見て、シキは突然眠ってしまったと勘違いしたのだ。 数日しても眠っている母親をシキは徐々に怪しむ。どうして起きないのだろうと。 そうして5日経過した頃、置き配をしに来た本邸の使用人 が母親が亡くなっていることを確認した。シキは母親の傍で小さくなって眠っており、目は泣き腫らし真っ赤になっていた。お母さんが動かない、そう言ったシキは本邸の人に抱きすくめられ、シキは母親が亡くなったとその時ようやく理解した。 それから8年、佐野シキは赤い離で今も生きている。
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