秋 日常と変化

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シキの朝は遅い。彼は肌の弱さから日光を浴びることが出来ず、夜に起きるからだ。 起きたシキが最初にすることはピアノを弾くこと。これは日課である。 その場で即興の曲を作って弾くこともあれば、きちんと楽譜通りに弾くこともある。その時々だ。 その日シキはなんとなく即興で音楽を作り弾いた。今日は何をしようか、絵を描こうか、ご飯に専念しようか、それともずっとピアノを弾いていようか。 シキは表情が乏しく、眠たげな目もあってぼんやりとした顔立ちだ。曲調から今日が楽しみなのはなんとなく感じ取れるものの、表情ではそれが分からない。 母親が亡くなった時からほぼ髪を切っておらず、彼がピアノを弾いていると腰まで伸びた長い髪が揺れ動く。シキは結ぶのが嫌い、というより苦手だ。 周りに誰もいないシキは自由奔放だった。しかしシキはそれを寂しいとは思わない。ただ、母親がピアノを褒めてくれないことは残念だなと感じることがある。 結局1日ピアノを弾いてシキの1日は終わった。シキは食事を摂ることをめんどくさいと考える質で、場合によっては3日ほど食べない日もある。 母親が生きていた頃は毎日3食食べていたものの、シキ1人になってしまえばその習慣は消えていった。料理が苦手な訳ではなく、ただ面倒。料理は母親がみっちり教えこんでくれたおかげで中の中レベルだ。 ピアノを弾きすぎて疲れきったシキは早々に床につき、そして早くに起きてしまった。 寝た時間は覚えてないものの、日がまだある為夕方くらいだろうかと寝ぼけなまこを擦りながら起きる。 そして外の物音を聞いた。もしかしたら置き配かもしれない。 シキはハッとして飛び起きた。母親から教わった通り、シキは必要なものを書いては戸口に貼るようにしている。今回シキはテレビで見たいちご大福が気になって書いており、要望が通れば箱に入っているはずだ。 シキは玄関に忍び足で赴き、わくわくした気持ちで物音が消えるのを待った。シキは母親以外とほとんど交流かなかった為、置き配が来ても絶対に会わないようにしている。 物音が消えた頃、シキは喜びのあまり勢いよく玄関を開けてしまった。まさかそこに人がいるとは思わず。 「ぎゃっ」 なんとも醜い声が聞こえた。置き配の係であろうその人物は急に戸が開いたことに驚き、尻もちをついていた。 シキは倒れた係―男を見て数度目を瞬かせると、先程喜びで戸を開けた時と比べ物にならない凄まじいスピードで戸を閉めた。 そしてそのまま奥の部屋に引っ込んでしまった。
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